第122話 心は広いほどいいが、狭めるところは狭めるべし

 時は流れ、ついに訪れた土曜日。

 花楓かえでと一緒に家を出た瑞斗みずとは、方向音痴な彼女に翻弄されながらも何とか奈月なつきの家へと辿り着いた。


「片道何分って言ってたっけ?」

「15分!」

「30分かかったんだけど」

「きょ、許容範囲内……?」

「花楓の時間のストライクゾーンが広すぎるだけ」


 二倍に増えれば普通の人はデッドボール範囲にまで逸れた大暴投だろう。

 本人もそれが分かっているからなのか、それとも単に歩き過ぎただけなのか、額に汗を滲ませているのでハンドタオルでポンポンと拭ってあげた。

 人様の家に上がらせてもらうというのに、いかにも急いで来ましたという風貌なのはあまり良くないだろうから。


「よし、これで大丈夫そうだね」

「みーくんも社会の窓開いてたりしない?」

「それは家を出る前に確認して欲しかったかな」


 無いとは思いつつも、念の為確認してヨシッ。ひとつ深呼吸を挟んでから人差し指を立てると、「いーてぃー」とやってくる花楓を押し退けてインターホンのボタンを押した。


『はーい』

「あ、めぐみさんのクラスメイトの姉川あねかわ 瑞斗みずとです」

「みーくんと将来を共にする小林こばやし 花楓かえでです! 二人合わせて――――――――」

「合わせなくていいから」

『ふふ、来るって聞いていたわ。どうぞ上がって』


 奈月の声でないことから、おそらく向こうにいるのはお母さんだろう。

 彼女はクスクスと笑いながら隣にある門のロックを解除してくれると、小走りでドアの鍵を開けに来てくれた。

 どうして分かったのか。それは、お母さんがインターホンの通話をオンにしたままだからである。どうやら少し抜けているところがあるらしい。


「いらっしゃい。よく来てくれたわね」

「こちらこそ、急にお邪魔することになってしまってすみません」

「いいのいいの。それより、何かお母さんに伝えたいことがあるって聞いているけど……」


 いつ言い出すべきかと悩んでいたが、向こうから話を始めてくれたなら今しかないだろう。

 瑞斗は片手に持っていた紙袋を差し出すと、深く頭を下げながら謝罪の言葉を口にした。


「娘さんに怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした」

「怪我っていうのは、遠足の時のことかしら?」

「はい。花楓たちを守ってもらった時に……」

「それなら本人が気にしてないみたいだから、私も気にしてないわよ? でも、わざわざ伝えに来てくれてありがとうね」


 お母さんはそう言いながら紙袋を受け取ると、嬉しそうに微笑んでから家の中へと手招いてくれる。

 他のみんなは既に到着していて、勉強会を始めているらしい。二人も階段を上って早速教えてもらったドアに入らせてもらうことにした。

 しかし、瑞斗が拳を持ち上げてノックしようとすると、横から割り込んできた花楓がニヤリと笑いながらドアノブを捻る。

 どうやらいきなり飛び込んで驚かせる作戦らしかったが、まさかこれがあんなことにつながるとは思ってもみなかった。


「お邪魔しま―――――――――――」


 ドアを開けたまま言葉も動き求める彼女を不思議に思い、どうしたのかと部屋の中を覗き込んだ彼は同じようにピタリと固まる。

 だって、真面目に勉強をしているはずの真理亜まりあがベッドの上で奈月と体を重ねていたから。

 真理亜は服を着ているが、奈月の方は履いていたであろうズボンが床に落ちている。その様子を夢結ゆゆは恥ずかしそうに顔を覆った指の隙間から見ていた。


「……部屋を間違えました」

「ま、待て姉川! これは誤解なんだ!」

「何が誤解なの、マリーは本気だよ〜?」

「奈月ちゃん、そっちの人だったんだね」

「花楓まで……夢結も見てないで助けてくれ……」

「あ、愛はいかなる形でも素晴らしいです!」

「フォローを入れろって意味じゃない!」


 その後、足が太いことを気にしているからと二人で比べ合いっこしている内に、恥ずかしくなって逃げた奈月を真理亜が取り押さえたらしい。

 ズボンを脱いでいたのは、ピチピチのジーンズでは本当の太さが調べられないから。

 ちなみに、真理亜の言う『本気』というのは恋愛的な意味ではなく、ちゃんと悩みに対して真剣に考えているという意味だったんだとか。


「紛らわしいにも程があるというか、僕が来る日にやることじゃないね」

「見苦しいものを見せて悪かったな」

「いや、いいものを見せて……なんでもないです」


 その後、しばらくの間花楓以外の全員に瑞斗が少し警戒の目を向けられたことは言うまでもない。

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