第111話 アメでダメならムチを打て

 大玉転がしに加え、二人三脚の練習も追加されたことで特訓メンバーは更に増え、昼休みも放課後も教室は体育祭ムードで盛り上がっていた。

 頑張ると言ってしまったから何とか着いて行ってはいたものの、体育祭を目前に控えた土曜日、一週間頑張った反動でいつも以上にゴロゴロしているところだ。

 そんな彼を応援すべくハハーンによって投入されたのが、シュークリームを前払いの報酬として受け取った早苗さなえである。


「お兄ちゃん、元気出して!」モグモグ

「あ、シュークリーム……」

「これは早苗のだからあげないよ?」モグモグ

「ひと口くれたら、お兄ちゃん何でも言う事聞いちゃう」

「じゃあ、妹のために死ねるの?」モグモグ

「スイーツ食べながら言うことじゃないね。というか、急にトークテーマ重すぎない?」

「妹に命を賭けれないお兄ちゃんはただのお兄ちゃんだよ」

「多分だけど、大半が賭けないと思う。僕は賭けちゃうかもしれないけど」


 確かに妹のことは大切であっても、死ねと言われて死ねるような人間がゴロゴロ居たとしたら、それはそれで心配になる。

 瑞斗みずとの場合、自分が身代わりになれるなら見捨てる方が後味が悪いからとあっさり受け入れてしまいそうではあるが。


「お兄ちゃん、月曜日の祝日に体育祭なんだよね?」

「うん。早苗も来てくれる?」

「仕方ない、お兄ちゃんの代わりに競技出るか」

「そこまでしてとは言ってない。というか、されたら努力が無駄になるからやめて欲しい」

「え、お兄ちゃんが努力?!」

「驚くところ、絶対にそこじゃないよね」


 いつの間にかシュークリームが無くなって空になった包み紙を丸め、ポイッとゴミ箱に放り込む彼女。

 一回目失敗したのを拾いに行った時に捨てればいいのに、わざわざ元の位置に戻るシュート形式にこだわる気持ちは分からなくもない。

 彼は妹の小学生らしい行動にほっこりすると、早苗の口元についていたクリームを人差し指で拭ってあげる。

 それをパクッと食べると、彼女はハッとしたような顔をした後、頬に手を当てながら怪しげにフフフと笑った。


「お兄ちゃん、今の間接キスだね?」

「言われてみれば確かに」

鈴木すずきさんという人がいながら、妹に手を出すとはなんとふしだらな!」

「クリーム舐めただけだよ」

「仕方ない、早苗は魅力的な女だからね。胸もこれから大きくなる予定だし」

「それは変な男が寄ってくるから困る」

「顔が可愛いから関係なく寄ってくるもんねーだ」

「確かに」

「「HAHAHA♪」」


 傍から見れば兄妹で何やってるんだと言われそうなやり取りで笑いつつ、反対側の唇についたクリームはウエットティッシュで綺麗にしてあげる。

 「キスで強引に拭い取ってもいいんだよ?」なんて艶っぽい口調で言ってくるあたり、本当に変な輩に付き纏われそうで怖い。

 小学生でこんなことを言っていたら、まともな恋愛ができる未来が見えないし、今のうちに教育しておかなければ。

 瑞斗は兄としてそう心に誓うと、ウエットティッシュを丸めてゴミ箱に放り投げた。

 もちろん、届きもせずに床に落ちてしまったので、わざわざ拾ってちゃんと捨てる羽目になったけれど。


「あ、そうそう。お兄ちゃんが元気出るようにお母さんから伝えるよう頼まれてたことがあるの」

「それは嬉しいね。なんて言われたのかな」

「優勝しなかったら家に入れないってさ!」

「……ん?」

「だから、優勝しないと――――――――――」


 それから何度も同じことを説明された気がする。頭では理解しているはずなのに、心がそれを受け入れようとしないのだ。

 だって、体育祭で優勝しない限り帰る場所を失うなんて、そんな脅し文句で元気が出るはずなんて無いのだから。


「特訓、まだ足りないのかな……」


 溢れるように流れ出てくるのは、ため息と冷や汗だけである。

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