第110話 クジ引きは本当に公平なのだろうか

 あの日から、瑞斗みずとは来る日も来る日も練習に明け暮れ……る予定だった。

 時には限界を迎え、部室に逃げ込んで陽葵ひまり先輩に助けを求めたこともあったが、あの時は探知犬の如く追ってきた玲奈れいなに引きずって戻らされた思い出がある。

 途中からは花楓かえでや他の大玉転がしメンバーも共に特訓するようになり、彼らは着実に力を付けていた。大玉にはまだ一度も触れていないが。

 ただ、瑞斗たちが練習すればいいのはひとつの競技だけではない。この学校には昔から、全校生徒が参加する競技枠が存在しているのだ。

 それが体育祭一週間前の今日に発表された。種目は二人三脚、みんな大喜びである。

 その理由はただ一つ。学校の七不思議に存在する謎の八つ目、『二人三脚で一位を取った男女ペアは結ばれる』の存在があるから。

 もちろん体が密着する種目ということもあり、基本的には男子も女子も同性のクラスメイトとペアを作ることになっている。

 が、もちろんクラスによって男女比率は違うため、仕方なく男女で組むしかない場合のみ良しとされているのだ。

 そういう確率や運も関係する条件が設けられている珍しさもあるため、あんな噂が立ったのだろう。確かに特別感はあるだろうから。

 ちなみに、瑞斗のクラスが盛り上がっているのは、まさにその男女ペアが一組生まれるクラスだからである。

 男子も女子も、あわよくば意中の相手と……なんて考えているのだろう。ペア決めのクジを引く目が少し怖かった。


「このクラスは34人、男女共に9番のクジを引いた者がアンカーになるわ」

「8番までは同性の同じ番号の人と組むことになるよ! 9番を引いた人は名乗り出てね〜♪」


 体育祭委員の玲奈と彩月さつきが取り仕切る中、男子クジの筒と女子クジの筒から番号の書かれた割り箸が抜かれていく。

 一本減れば感嘆の声、また一本減ればため息。どうやら誰も9番を引けていないらしい。

 そして長々と列に並ぶのが嫌で、他の全員が引き終わってから腰を上げた瑞斗がようやく筒の前に立つ。

 ただ、中を覗き込んで見たものの、割り箸がどこにも見当たらない。これが新手のいじめと言うやつなのだろうか。

 そんなことを考えていると、近付いてきた玲奈が小声で「よく見なさい」と囁いてくる。

 よく見たところでこの異様に真っ黒な筒の内側に白っぽい割り箸が隠れているはずが無い。そう思いながら渋々目を凝らしてみれば…………あった。

 側面と底の黒色にカモフラージュして隠れていた、一本の黒い割り箸が。確かに薄らと『9』が書かれてある。

 それを取り出したすぐ後、筒を見守っていた玲奈が最後の一本を引っ張り出して掲げる。もちろん、それも黒い割り箸だ。


「というわけで、アンカーは私と瑞斗君に決まりね」

「隠してたのか!」

「ずるいぞ!」

「私も引きたかったー!」


 口々に飛んでくる野次、その全てがごもっともである。こんな姑息な手を使っていたのだから。しかし、その全てを玲奈はたった一言で一蹴する。


「だったらペアになりたい相手に今すぐ告白しなさい、成功したら譲ってあげる」


 こんなことを言われて行動に移せるのなら、その人はクジ運なんてものにすがったりしていないだろう。

 結局、誰も名乗りをあげることなく9番のクジは玲奈の作戦通りの動きをすることとなった。


「心配しなくても、アンカーを背負ったからには勝たせてあげるわよ」


 彼女はそう言いながら瑞斗に歩み寄ると、割り箸を持った手を掴んで引っ張る。そして。


「負けたとしたら、それは私の足を引っ張った彼のせいだから。その時は好きなだけ生卵を投げることを許可してあげる」

「勝手に決めないでよ」

「文句があるなら一位を取りなさい」

「……努力はするけど」


 結局、わがままとも取れる暴論を振りかざす玲奈に、渋々従う以外の選択肢は選べない瑞斗であった。

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