第104話 ぱふぱふは時に人を殺める

「また、いつでも遊びに来るといい」

「私もメイドたちも大歓迎よ」

「姉さんを傷つけないうちは見逃してやる」


 そんな言葉で見送られた瑞斗みずとは、門の外まで見送ってくれるという陽葵ひまり先輩と一緒に歩き始める。

 なんだかんだ、この家族と打ち解けてしまった。パリピのように騒ぐ輩は苦手だが、娘の誕生日を全力で祝う一家に感化されたのかもしれない。


「今日はありがとう、姉川あねかわくん」

「いえいえ、役に立てたなら良かったです」

「でも、家族みんなに気に入られたみたいですね」

「そこが困りどころなんですよ。見定めるのは次の機会だって言われましたけど……」

「それに関しては私が自力で何とかします。さすがにこれ以上後輩の力を借りるのは、先輩として面目丸潰れですからね」

「元々あって無いような面目ですけど」

「……ひとつ教えておいてあげます」


 陽葵先輩は彼の言葉に一瞬顔をしかめると、すぐにニコニコ笑顔に戻って腕を伸ばしてくる。

 そして、両手で肩をがっしりと掴むと、自分の胸に抱え込むようにして抱きしめた。


「私、姉川くんよりも力が強いと思います。家の方針で武道はやってましたから。なので、あまり上段が過ぎると意地悪いちゃうかもしれませんね」

「うっ……い、息が……」

「ふふふ。でも、今日は助けてもらったので見逃してあげます。これはお礼です」


 彼女はそう言いながら苦しさにもがく瑞斗を離すと、そっと髪をかき分けた額に唇を押し当てる。

 それがあまりに突然の行動だったせいで、彼は陽葵の胸元を見つめた体勢のまましばらく石のように固まってしまった。


「先輩、今何を?」

「お礼ですってば。女の子に同じことを言わせるのは失礼なんですよ?」

「す、すみません……」

「ところで、私言いましたよね。自分は姉川くん以外の男の人のことを知らないって」

「一応、家族に話した彼氏の特徴を聞いた時には」

「恋愛的かどうかは置いておくとして、あれって遠回しに一番好きな男の子は君ですよって伝えたつもりだったんですけど。気付きました?」

「……全く」

「鈍感ですね、そんなんじゃ鈴木すずきさんに捨てられちゃいますよ」


 彼女はクスクスと笑いながら「今はまだ偽ですけど」と意味深なことを呟く。

 それが一体どういう意味なのかを聞く余裕は、キスの感覚がまだおでこに残っている彼には聞くことが出来なかった。


「昔、花楓かえでにされて以来だ……」


 正直、いつ歩き出したのかも覚えていない。ボーッとしている間にいつの間にか見慣れた道に出ていて、気が付けば家の前に帰ってきていた。

 少しばかり先輩の大人っぽい部分に触れたのが良くなかったらしい。次からどんな顔をして部室に行けばいいのか、分からなくなりそうだ。


「ただいま……って、これ誰の靴?」

「お兄ちゃんお兄ちゃん、花楓お姉ちゃんのライバルが来てるよ!」

「ライバルってまさか――――――――」


 靴を脱ぐなりすぐに早苗さなえの指し示すリビングへ飛び込むと、やっぱりそのまさかだった。

 ソファーの上に玲奈れいなが腰掛けていて、優雅にお茶を飲んでいるではないか。

 このタイミングで来たということは、なんだかすごく怒られそうな予感がする。


「どうしてそんなに身構えているの。ちょっと近くまで来たから寄ってみただけよ」

「……怒らない?」

「それは怒られるようなことをした自覚があるということかしら。だとしたら教えてもらいたいわね」

「滅相もございません」


 様子を見る限り、どうやら早くも陽葵との偽恋人の件がバレた訳では無いらしい。

 ただ、立ち寄った理由が『何か不吉な感覚を覚えたの』ということなので、神様か祟り神かが誘き寄せたことは間違いないだろう。

 とりあえず、この場は無難に対応して乗り切ろう。そんなことを考えながら何気なく隣に腰を下ろしたのが運の尽きだった。


「あなた、女の匂いがするわね」

「……へ?」


 その後、言い逃れをすればするほど怪しさが増した結果、素直に頭を下げて白状するしかなくなってしまう瑞斗なのであった。

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