第103話 本物を見るまではイメージを信じることなかれ
扉を開けて中へ入ると、そこは300人は入れるだろうという大きな部屋だった。
天井はオペラでも歌いそうなホールのように高く、巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
その部屋の中央には縦長の細長い机が横向きに置かれていて、その四辺のイスの内の3つには既に人が座っていた。
「ただいま戻りました」
「お邪魔します」
左側に座っていた女性は一言「いらっしゃい」と言いながら微笑んだ。
右に座っている若い……自分たちとそう変わらないであろう男の子に関しては、何故かこちらを睨みつけるような目で見つめている。
何と言うか、同じ家族なのにこうも雰囲気が違うと脳が混乱してしまいそうだ。彼は心の中でそう呟きながら、陽葵に連れられてイスの前へ移動した。
「えっと、僕……」
「君が陽葵の彼氏か」
「はい。
「ほう。パーティの話は聞いていただろう、どうしてそんな普通の格好で来たのかね」
「すみません、礼服を持っていなかったもので……」
「……礼服? 何を言ってるんだ、君は」
陽葵先輩のお父さんはやれやれと言いたげに首を横に振るとイスから立ち上がり、長テーブルをぐるりと回ってこちらへ近付いてくる。
お母さんと……聞いていた話から察するに弟さんだろう。二人も同じく寄ってきたかと思えば、お互いに目配せをしてきっちり着込んだスーツの上着を投げ捨てた。そして。
「愛する娘の誕生日パーティだぞ?」
「真面目な格好なんて似合わないわよね」
「姉さんのためならどんな格好だってするよ」
三人とも背中に『陽葵L♡VE』と書かれたTシャツ姿をさらけ出し、父親はラッパを、母親は小太鼓を、弟はハーモニカを奏で始める。
……控えめに言って頭が破裂しそうだった。真面目な雰囲気とは正反対の、超おバカな家族にしか見えなくなってしまったから。
つい先程まで怯え散らかし、いい感じの顔まで作っていた自分が馬鹿らしくなってくる。
「先輩、もしかして毎年こんな感じですか?」
「えへへ、ごめんなさい。こんな家族だなんて、恥ずかしくて言えなかったんです」
「確かにこれは言われても信じてませんてましたね」
今の一瞬だけで、先輩が甘やかされながらも幸せに暮らしてきたであろうことが分かった。
普段から溢れだしているぽわわんとした母性みたいなものは、こういう環境で育ったからこそ引き出されたものらしい。
瑞斗は混乱する頭をシマウマに蹴られるライオンの映像でも思い出してリセットした後、何とか現状を受け入れて落ち着くことが出来た。
「でも、先輩のお父さんは彼氏の存在を認めてないって言ってましたよね?」
「もちろん、君がどんな男かも知らない内に娘を渡すわけにはいかん。だが、一度くらい彼氏を誕生日パーティに呼びたいものだろう?」
「それはそうですね」
「見定めるのはまた今度にするとして、今日くらいは共に陽葵の誕生日を祝おうではないか」
HAHAHA!と豪快に笑いながらそう言うお父さんに釣られ、瑞斗もHAHAHAと笑い始める。
お母さんも「新しく息子が出来た気分だわ」とにこやかなところを見るに、部外者を受け付けないような悪い人たちでは無いのだろう。
弟さんにだけは相変わらず不機嫌そうにこちらを見ているが、自分は大事な姉を奪った奴なので仕方ないと諦めておく。
何はともあれ、これからこの人たちと先輩の誕生日を祝うのだ。一人だけ真面目ヅラをしているわけにもいくまい。
「あの、すみません」
「どうかしたかね」
「そのTシャツってもう一枚あったりしません?」
「…………おい! 陽葵Tシャツを持ってきてくれ!」
その後、全員で同じTシャツを着た5人が一つの机を囲み、食事を食べながらワイワイ騒いだことは言うまでもない。
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