第102話 大きな家はそこにあるだけで圧力を感じる
ついに
目的はもちろん、先輩の家で行われる誕生日パーティに出席するためだ。
ちなみに、自分のことを好きだと言ってくれている
彼女にNOと言う権利はないようにも思えるが、彼自身裏切らないと誓った身。
仕方ないと言えど他者に偽物であることがバレているなんて知られれば、この間の男4人組と同じ目に遭わされるだろう。
今のところ先輩と玲奈に面識はあれど関わりはほとんどない。家族を騙すだけなら、きっと今日一日で解決するはずだ。
そんな楽観的なことを思わないとやっていられない瑞斗は、送ってもらった住所に到着する少し前から開いた口が塞がらなくなっていた。だって。
「家というか……お屋敷だ……」
そこにあったのは予想の10倍、いや20倍でも足りないほど大きな豪邸。
使用人がいると聞いた瞬間からある程度覚悟はしていたはずなのだが、それでも気を抜けば腰を抜かしそうな大きさだった。
そのお屋敷に見合う門の上の方はいかにもという感じで尖っていて、部外者の立ち入りを拒むかのようにギラギラしている。
瑞斗がしばらくインターホンを押してもいいものかとウホウロしていると、監視カメラからでも見ていたのかもしれない。
どこかに設置されているらしきスピーカーから、『どうぞ、入って下さい』という声が聞こえると同時に門が自動で開いた。
「失礼します」
ガチガチに緊張しながら門を潜ると、目の前に広がっていたのは公園だと言われれば信じそうなほど広い庭と屋敷まで続く石の道。
靴裏が触れる度に聞こえてくるコツコツという足音が、まるでホラーゲームをプレイしているかのように緊張感を高めていった。
今更ながら、本当にこんなところに住んでいるお嬢様の彼氏役が、自分のような庶民で良かったのかと不安になる。
野球部のエースだとか、サッカー部のイケメンだとか、バスケ部の高身長キャプテンだとか。釣り合いそうな人は他に居そうだと言うのに。
そんなことを考えている間にも着実に進んだ歩みは玄関の目の前までやってきていて、深呼吸をする間もなく開かれた扉から顔を覗かせた陽葵先生と目が合った。
「姉川くん、どうぞ入ってください!」
「は、はい……」
何だか気分が悪くなってきた。笑顔で出迎えてくれる彼女の顔を見れば尚更だ。
こういう家の親というのは大抵お見合いだとか、政略結婚みたいなものを大事にしている偏見が彼にはある。
だから、パーティに連れて来いと言った目的も粗探しをするためなのではないかと疑っていた。
小さくとも悪いところを指摘して、それを理由に交際を禁じられる。そして先輩は他の人とお見合いの席を用意されて……と。
つまり、先輩との約束を果たすにはひとつのミスも許されないことになる。
ナイフとフォークはどっちから使うのか、挨拶はどんな言葉を使えばいいのか、そもそもこんな庶民の服装で大丈夫なのか。
考えれば考えるほど不安になって、悩みを突き通したその先に見えたのはひとつの可能性。
「そう言えば、先輩って好きな人いませんよね」
「きゅ、急にどうしたんですか……?」
「偽彼氏なんて演じなくても、お見合いでもしてイケメンお金持ちと出会う方が得なんじゃないかなって」
「姉川くん、いくら穏便な先輩でも怒りますよ。私だって添い遂げる相手は自分で選びたいです」
「なら、もしこのまま僕との嘘を打ち明けられず、数年後に式場やドレスまで準備されたら?」
「そ、その時は……姉川くんで我慢します……」
「我慢とは酷いですね。まあ、選り好み出来る男じゃないので僕は先輩でもいいですけど」
「……え?」
「冗談です、そんな嫌そうな顔しないで下さい」
「嫌そうというか、驚いたと言いますか……」
目的地らしい扉の前に来たところで何やらモジモジし始めた先輩に、「トイレですか?」と聞いたら軽く肘で小突かれた。
ハッとして「御手洗ですか?」と聞き直したが、言い方の問題ではなかったらしい。
彼女は少し赤みを帯びているように見えた頬をムニムニとやって呼吸を整えた後、瑞斗にも準備はいいかと確認してからドアノブを握った。
ここから先は一方通行、演技を始めれば後戻りは出来ない。もとより、今更引き返すつもりは無いが。
玲奈と初めて演じた時よりも苦しい胸をそっと落ち着けさせ、二人は覚悟を決めて一歩を踏み出すのであった。
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