第101話 お嬢様はコミュ障ぼっち

「それで、具体的には何をすればいいんですか?」


 瑞斗みずとがそう聞くと、陽葵ひまり先輩は要らなくなった裏紙を持ってきてそこに何かを書き込み始めた。

 人型の絵がいくつも描かれていくところを見るに、どうやら彼女の家族構成らしい。

 口で説明してくれればそれくらい理解出来るのに……と思いながら描き終えるのを待っていた彼は、途中から覚え始めた違和感に首を傾げた。

 家族と言えば5、6人多くても10人程度を想像するだろうが、裏紙に描かれた人型は既に20を超えている。いくらなんでも多過ぎだ。


「あの、それは誰なんです?」

「これがお母さん、こっちがお父さんで、これは弟です。その隣が使用人の……」

「えっと、使用人?」

「言ってませんでしたか? 私の家、執事とメイドが合わせて50人くらい居るんです」

「……は?」


 言われた言われてないの話以前に、そもそも使用人がいるという事実に驚きが隠せない。

 もっと言えば、一人ひとりの名前をスラスラと述べていく記憶力も意外だ。

 これまでただただどこか抜けているおバカな先輩だと思っていたのに、お嬢様だったと分かると急に距離を感じてしまった。


「陽葵お嬢様先輩」

「そんな他人行儀にならないで下さい! ほら、いつも通りですよ」

「いつも通り? ……先輩、今日も綺麗だ」

「姉川くん、普段からそんな感じでしたか?」

「いや、自分が分からなくなりました……」


 少なくとも綺麗だなんてことを言うようなイケメンフェイスでもなければ、それに伴うメンタルも持ち合わせていない。

 人間というのは相手が自分よりも上の立場であると自覚するだけで、これほどコロッと態度を変えてしまう哀れな生き物なのか。

 瑞斗は心の中でそう呟きながら、見失いかけている自分というものにため息を零した。まあ、元々先輩なのだから目上ではあるはずなのだけれど。

 こんなことなら、普段からちゃんと敬って置けばよかったのかもしれない。悪いのは敬われる先輩になってくれない陽葵先輩だ。うん、間違いない。

 彼は自分を無理矢理納得させることで普段の調子を取り戻すと、再び裏紙に視線を戻した。


「誕生日会に参加するのは家族だけですよね?」

「はい。お料理はメイドさんたちが運んでくれると思いますが」

「だったら教えてもらうのは家族だけで大丈夫です。逆に、使用人のことを知り尽くした彼氏というのも変でしょうから」

「それもそうですね」


 先輩は一応50人分の人型を書き終えてから、それらをまとめてまるで囲むと、『使用人たち』と書き込んで残りの3人にそれぞれ父、母、弟と付け足した。


「お父さんは普段は優しい方ですが、彼氏の話をする時はいつも暗い顔をします」

「そりゃ、娘が離れてしまうかもしれませんからね」

「お母さんは教育には厳しいですが、彼氏の話をすると楽しそうに聞いてくれますね」

「正反対の両親ですか」

「弟は私のことが大好きだって言ってくれます」

「良い弟さんですね」


 家族の特徴や性格という情報を前もって聞いておくことで、より偽物としての演技を完璧なものへと近付けていく。

 これは玲奈れいなとの件で学んだことだ。こんなところで役立つとは思っていなかったが。


「そう言えば、家族には彼氏のことをどんな風に伝えてるんですか?」

「えっと、イケメン高身長のすごく優しい紳士みたいな人だと言ってます!」

「完全に僕ではないですね」

「ふふ、嘘ですよ。私がそんな高望みな相手を言う性格に見えますか? 本当は、お人好しで無愛想だけどいい人です」

「お人好しで無愛想、今度は完全に僕ですね」

「他によく知る男の人なんていませんから」

「……高望みさせられない男ですみませんね」


 それから数分後、瑞斗の言葉の意味にようやく気が付いた陽葵が「そんなつもりでは……!」と謝ってきたので、成功報酬りんごジュースを弾むという約束で許してあげたのであった。

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