第100話 自らのために二股させるのは間違っているだろうか
一度目ではよく理解できなかったので、もう一度初めから聞き直してようやく自分に求められていることを把握する。
「要するに、彼氏になって下さい♪」
「要し過ぎですよ」
彼女が言うには、もうすぐ訪れる誕生日に家族でパーティをする予定があるらしい。
それだけなら何の問題もないのだが、実は陽葵は家族に彼氏がいると嘘をついていた。
そのせいで家に連れて来なさいと言われており、誰か彼氏になってくれる人を探さなくてはならないと焦っていたのだとか。
その割にはソファーでごろごろしていたように見えるが、おそらく友達も居ないせいで手段が見つからずに諦めていたのだろう。
「そもそも、どうして嘘をついたんですか」
「ぼっちだってバレそうになったから、友達より上位な彼氏の存在をほのめかせば秘密を守れると思ったんです」
「アホですね。僕は手伝えませんよ、
「あの子のことは助けて、私のことは見捨てるんですか?
「育てられた覚えすら無いです。他を当たって下さい、一人くらい物好きなお人好しが居ますよ」
「そんなの姉川くん以外にいないです……」
「……どういう意味ですか、それ」
確かに瑞斗はお人好しではあるが、物好きではない自信がある。
それなのにこんなことを言われてしまえば、辛うじて残っていた『可哀想だな』という感情も塗り潰されてしまうというもの。
彼は深いため息を零してから起き上がると、「付き合い切れません」と呟いて部室の出口へと向かって歩き出した。しかし。
「ま、待って下さい!」
慌てて駆け寄ってきた彼女に思いっきり襟首を引っ張られた瑞斗は、一瞬意識が吹っ飛びそうな感覚を覚えて足を止めてしまう。
その隙に逃がすまいと抱きついてくると、先程まで気道を塞がんとしていた凶器が、今度は正面から体に密着してきた。
これはこれである意味凶器である。瑞斗だって男だ、二人きりの状況でこのシチュエーションは変な想像のひとつやふたつは頭を過る。
しかし、相手は陽葵先輩。そんなことをすれば一生それをネタに弄られることは間違いない。
当の本人は「何か失礼なこと考えてます?」と眉をひそめているが、何としてもここは苔の生えたプライドだけでも守って難を逃れる必要があった。
ただ、じっと見つめてくる顔がやけに近い。下手すれば息が鼻先にかかりそうな距離で、無意識に呼吸をゆっくりにしてしまう。
「頼れるのは姉川くんだけなんです!」
「そう言われましても……」
「断られたら先輩、ここで舌を噛み切りますよ?」
「そんなに追い詰められてたんですか?!」
「友達も彼氏もいないと知られるくらいなら、消えてなくなった方がマシです!」
彼女の言葉は半分冗談で、もう半分は本気だと言うように聞こえた。
本当に死ぬ気なんてないだろうし、先輩がそんな人じゃないことは後輩の自分がよく分かっている。
ただ、どこか一年前の一人で過ごす時間が長かった頃の自分と重ねてしまって、気が付けば引き止めるように先輩の肩を掴んでいた。
「居なくなったらダメです、僕が悲しみます」
「姉川くん……?」
最近の騒がしさに慣れてしまった今なら、あの頃は一人が当たり前で寂しさに気付かなかっただけかもしれないと思える。
その気持ちを陽葵先輩にまで味合わせるなんてことは、お人好しでなくとも瑞斗には出来なかった。
だから、「先輩には自分が居ます」と目を見て伝えたというのに――――――――――――。
「えっと、今のは告白ですか?」
本気でそう思い込んでいますという目で見つめられた彼が、馬鹿らしくなってため息をついたことは言うまでもない。
その後、狙ってなのか無意識なのか柔らかいものを当てられ続け、ある意味で限界を迎えた瑞斗が結局折れることになるのであった。
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