第99話 ウサギは案外寂しくても死なない
遠足の翌日、
「こんにちは……って、何やってるんですか」
中に入ると案の定、先輩はうつ伏せでソファーに突っ伏していて、彼の声を聞くなりすぐに顔を上げると、ご主人の帰りを待ちわびていた犬猫のように駆け寄ってきた。
「
「それはそれは。相変わらず友達が居ないんですね」
「生涯孤独」
「陸上部のスローガンみたいに言わないで下さい」
毎日毎日放課後はこの部室に入り浸っているような人だ。自分が来なくなれば、本当におかしくなってしまうのではないかと時々怖くなる。
瑞斗はその時のことを想像して軽く身震いすると、「そうだ」とカバンの中から取り出したものを差し出した。
「……石?」
「遠足で行った公園の石です、お土産に」
「石なんて貰っても困りますよ……」
「水切りが出来そうだと思ったんですけどね。いらないならいいです、返してきますから」
「そ、そこまで言うなら貰ってあげてもいいですよ?」
「イヤイヤ受け取られても――――――――――」
「いいから先輩に渡してください!」
「あっ……」
陽葵先輩はひったくるようにその平べったい石を手に取ると、何だかんだ嬉しそうにキラキラした目でそれを眺め始めた。
正直、ギャグのつもりでその辺から拾ってきた石だとは今更言い出しづらい。
というよりも、石で喜んでしまう先輩の精神状態が心配だ。一応は後輩なのだから、気にかけてあげるくらいはしておこう。
彼は心の中でそう呟くと、石を机の上に置いてから腕を引いてくる彼女に連れられてソファーに腰を下ろした。
「ところで、偽彼女さんとは上手く行ってますか?」
「まあまあですね。前よりかは距離も縮まった気がしてますし、特に問題も起きてません」
「それは良かったです。ただ、実は私の方に少し問題が発生してしまいまして……」
「先輩の人生に問題なんてあったんですか」
「ありまくりです、見ればわかると思いますけど」
「確かに」
「納得されると辛いですね」
ぼっちなことは瑞斗も幼馴染と偽彼女を除けば同じようなものだからいいとして、毎日やることもないのに部室に引きこもるのは女子高生としてどうなのかと思う。
何か趣味みたいなものを見つけられたら……なんてことを前にも提案してみたが、その時は『姉川くんと話せれば満足』とはぐらかされてしまった。
今度こそは何かしら手応えがあればいいのだが。そんなことを考えていた瑞斗は、いつの間にか自分の体が横になっていることにふと気が着く。
これは陽葵先輩が会得したらしい、対象となる動物や人間に察知されずに自分の太ももの上に寝かせるという恐ろしい技『無相の太もも』だ。
これによってこれまで何度眠らされたことか、数えてみるも両手の指では足りない。
ただ、今の先輩がこれをする目的は甘やかすことではないらしかった。
「先輩……?」
「問題のことなんですけど、姉川くんに少し協力してもらいたいんです」
「嫌な予感がするんですけど」
「断ったらどうなるか、分かりますよね?」
「どうなるんですか?」
「目の前にある
「なんて恐ろしいことを……」
「女子高生の胸で窒息したと新聞に書かれて、専門家に羨ましいと言われたくなければ、先輩の言うことには従った方がいいですよ」
そう言いながら悪い笑みを浮かべる陽葵先輩の顔……は目の前に凶器があるせいで見えないが、おそらくそんな表情をしているのだろう。
彼女に限って本気でそんなことをするはずはないが、万が一ということもある。
ここは従う振りをして話だけでも聞き、無理だと判断したら隙を見て逃げる作戦にしよう。
瑞斗はそんな判断をすると、今は忠実なお節介マシーンを演じることにして話の続きを聞き出すべく首を縦に振って見せるのであった。
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