第98話 守る者と守られる者

 あの後、花楓かえでたちは警察の人達に呼ばれて事情聴取へと向かい、瑞斗みずとは約束通り保健の先生に手当をしてもらいに来た。

 幸い大した傷も無いし、骨や内蔵に怪しい箇所も無いが、念の為病院で診てもらうように。

 先生はそう言うと、荷物をまとめて立ち去った。ずっと後ろで待ってくれている岩住いわずみ先生に気を遣ったのかもしれない。


「終わったか」

「今終わりました」

「それじゃあ、説教に入らせてもらいところじゃが……ワシも姉川あねかわの行動が間違っていたと本気で思っとるわけじゃない」

「はい」

「先生たちに任せておけば、お前よりも早く見つけただろう。それに、お前よりも大人らしい選択をしただろうな」

「……」

「でも、いつでも大人のやり方が合ってるとも限らん。ワシら教師は悪人であっても人を殴れんし、早まった行動に出ることも出来ん」

「それはつまり、僕のしたことは合っていたと?」

「そうは言っとらん。ただ、少なくとも姉川のおかげで4人は救われたという事実があるだけじゃ」


 先生の言葉に「結局、僕は殴られただけですけど」と返すと、「その覚悟と勇気を褒めとる」と雑に頭を撫でられた。

 褒めることなんて滅多にない岩住先生だからだろうか。今更ながらに安堵と堪えていた不安とが込み上げてきて胸の奥で突っかえる。

 そんな彼の背中を優しく撫でながら落ち着くまで見守り続けてくれた先生は、「そろそろ学校に戻るからな」と背中を向けて歩き出した。

 ただ、ふと何かを思い出したように足を止めると、最後に一言だけ言い残して出ていく。

 その時に言われた言葉は、瑞斗の心の中に留まり続け、彼の人生の一部にもなったことは言うまでもない。


「姉川、お前もワシらが守るべき生徒の一人だということを忘れるな」


 当たり前のことなのに不思議とハッとさせられた瑞斗は、「……はい」と気の抜けたような弱々しい返事をすることしか出来なかったそうな。

 ==================================


「瑞斗君、遅かったわね」

鈴木すずきさん、残ってたんだ」

「ええ、心配だったんだもの」


 手当をしてもらった新館を出ると、外では玲奈れいなが待ってくれていた。花楓も一緒だ。

 彼女たちは瑞斗に深刻な怪我がないということを聞くと、ホッとしたように微笑んでくれる。持つべきものは優しい幼馴染と偽彼女なのかもしれない。


「みーくん、改めて……助けてくれてありがとう」

「お礼なんていらないよ。結局、助けたのは僕じゃなくて鈴木さんだったわけだし」

「ううん。あの時、みーくんの足音で悪い人たちは私たちから一旦離れたの。もし来てくれなかったら、奈月なつきちゃんが殴られてた」

「……そうだったんだ」

「倒してくれたのは鈴木さんだけど、みーくんだってすごかったよ。私たちのために体を張ってくれるの、すごくかっこよかった!」

「そう言って貰えると、殴られた甲斐もあるよ」

「えへへ、みーくんはいくつになっても私のことを助けてくれるヒーローだよ」

「そろそろしっかりして欲しいけどね」


 不満そうに頬を膨らませる花楓の頭をポンポンと撫でてあげつつ、クスクスと静かに笑う玲奈の方へと視線を向けた。

 きっと、ヒーローと呼ばれるべきなのは彼女だ。けれど、あえて黙って見てくれているのは、それは言うなという無言の圧力なのかもしれない。

 せっかく殴られ役のヒーローが本物を味わえている瞬間なのだ。ここは優しさに甘えて感傷に浸らせてもらってもバチは当たるまい。


「あ、そうそう。瑞斗君にはまた靴選びに付き合って貰うわよ」

「……どうして?」

「迷彩柄だから目立ってないけど、泥だらけになったんだもの。デートする時は綺麗な靴を履かないとでしょう?」

「それはそうだけど……」

「断る権利、喋る価値無し」

「辛辣過ぎない? はぁ、分かったよ」


 またあの否定され続けるお買い物地獄がやってくるのかと憂鬱になりながら、瑞斗は渋々重い頭を縦に振るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る