第97話 鋭利な刃物も振り次第

 踏みつけた男たちを冷たい目で見下ろした玲奈れいなは、怒りに顔を歪ませる彼らの間を抜けて花楓かえでたちの前まで移動する。

 そして彼女たちの前に立ち塞がるように背を向けてから、自分の足元に視線を移して深いため息を零した。


瑞斗みずと君が選んでくれた靴がこんなにも汚れてる。絶対に許さないから」

「いや、別にそれは俺たちのせいじゃねぇだろ」

「誰のせいでここまで走ってくる羽目になったと思ってるのよ」

「……か、花楓のせい?」

「そうね、小林こばやしさんのせいかも。だからその分、この男たちを痛めつけようかしら」

「とばっちりじゃねぇか」

「女の子に手を出しておいて何がとばっちりよ!」


 玲奈の怒鳴り声に、立ち上がった踏みつけられ男たちも含めて全員が一歩後退る。

 もし自分がその言葉を向けられていたら、一歩どころか20歩くらい逃げていたかもしれない。

 瑞斗はそんなことを心の中で呟きながら、右足を半歩後ろに引く彼女の姿に生唾を飲み込んだ。


「抵抗はしないことをお勧めするわ。私、向かってくる相手には手加減を忘れちゃうの」

「舐めてんじゃねぇぞ!」

「女だからって容赦しねぇからな!」

「やっちまえ!」

「ゴラァ!」

「……ふん、忠告はしたわよ」


 一斉に飛びかかる男たちを鼻で笑った玲奈は、左足に重心を乗せると右足を高く上げる。

 その状態で脚の付け根と膝、足首のスナップを効かせた鞭のようなキックを4人の左側頭部へと連続で叩き込んだ。

 人間の成せるものだとは思えないその技に、男たちは骨を抜かれたようにその場に膝を着いていく。

 どうやら今の一撃で目眩を起こしたらしい。立ち上がろうとしてもフラフラと千鳥足になってまた座り込んでしまっていた。


「あなたたち、運がいいわね。手加減するだけの理性が残っていなければ、今頃首が曲がってたかも」

「お、お前何もんだ……」

「私はあなたたちが殴ったその男の恋人、そして手を出そうとした女の子の友達よ。これ以上知りたいならもう一発蹴られることになるけど?」

「「「「ヒイッ……!」」」」


 怯えて部屋の隅へ固まる男たちに玲奈が追い打ちをかけようとするのでさすがに止めた。

 これまでの無力化キックは自己防衛として認められたかもしれないが、もう抵抗する気をなくした彼らへの暴力は彼女自身の身を滅ぼしかねないから。

 幸い、その後すぐに先生たちが呼んだ警察が駆けつけてくれて、男たちは全員連行された。

 旧館の入口に設置された防犯カメラに、無理やり連れ込む様子が映っていたようで、暴力行為もあったことから罰は逃れられないだろうとのこと。

 いくら彼らが檻の中に閉じ込められようが、海の底に沈められようが、被害に遭った人の心の傷は消えないのだから犯罪とは根深いものである。


姉川あねかわ鈴木すずき!」


 ホッと胸を撫で下ろしていた二人の元へ最初に駆け寄ってきたのは、他でもない岩住いわずみ先生だった。

 近付いてくるまでの表情は恐ろしくて、思わず腰が抜けそうにもなったが、勝手な行動をしたことを怒った後はどこか優しい顔になっていた気がする。


「まあ、守りたいものは守れたみたいだな。そこだけはワシも評定5をやってもいいかもしれん」

「居眠りで減った点数、回復してくれるんですか?」

「それとこれとは話が別だ、バカもん。後で保健の先生のところに行きなさい。手当してもらいながらじっくり叱ってやるから」

「こっそり帰ろうかな」

「そのつもりなら、ワシはお前の傍を離れんぞ? しかしだ、話があるやつがいるらしいからな」


 そう言う先生の視線を辿った先に居たのは、スカートの裾をギュッと掴んで待っている花楓。

 岩住先生は「野暮な大人にはなりたくないでな」と言い残すと、旧館の中から足早に出て行ってしまった。

 これはお叱りから逃げる方法はあれど、そうする気にはなれそうにない。


「みーくん、鈴木さん……」


 話が終わったのを確認した彼女は、トコトコと駆け寄ってきてまだ潤む瞳でこちらを見上げてきた。

 瑞斗が何かを言おうと開かれた口を待たず、その体を優しく抱き寄せたことは言うまでもない。


「無事で良かった」

「……うん」


 それからしばらくの間、離れようとしない花楓にやれやれという顔をしながらも、見て見ぬふりをして黙っていてくれる玲奈に思わず笑みを零す二人なのであった。

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