第95話 雨ニモマケズ、風ニモマケズ

 玲奈れいなが戻ってからしばらくして、次は何をしに行こうかと話し合っていた頃。

 瑞斗みずとは自分の鼻先にポツリと触れた冷たい感覚で視線を空へと向けた。

 つい先程までは晴れていたはずなのに、いつの間にか空が曇り始めている。おまけに、今の冷たいのは雨だろう。

 通り雨かもしれないが、この辺りに雨をしのげる屋根はないし、晴れの予報だったから雨具も持ってきていなかった。


「新館が一番近いわ、そこに避難するわよ」


 玲奈の声に3人が頷き、誰のかも構わず適当に荷物を掴んで移動を始める。

 小走りで約3分程度だったが、その間に雨と風の勢いは次第に強まっていた。

 これはおそらく遠足は中止だろう。少なくとも、この状況で先生たちが外に出ていいとは言うはずがないことは明らか。

 しばらくは端っこの方でウトウトしておこうかな。そう思いながら目を閉じた瑞斗だったが、点呼をする岩住いわずみ先生の声で意識を引き戻された。


「おい、奈月なつきの班はどこだ」


 奈月と言うのは奈月なつきめぐみのこと。彼女らは仲良し4人組で班を作っていたはず。

 それはつまり、共に行動していたであろう花楓かえでもこの場に居ないということだ。

 もしも花楓だけなのであれば、いつも通り迷子にでもなっているのだろうと、心配ではあれどそう深刻には捉えない。

 しかし、今回は他に3人が着いている。何よりしっかり者で面倒見のいい(らしい)奈月が、雨が降り始めても新館に戻る判断をしないとは考えづらかった。

 要するに、4人全員がこの場にいないということは、迷子ではなく彼女らに何かがあったということを暗示しているのである。


「奈月の班を見かけたやつはいるか?」

「旧館の近くでお弁当を食べてるのを見ました!」

「旧館の近くだと? ここからはそこそこ距離があるな、風が強くなる前に戻れなかったか」

「先生、隣のクラスの子が奈月ちゃんたちの方を見てコソコソ話してる男の人たちを見たそうです!」

「……何だと?」


 その情報を聞いた瞬間、岩住先生の表情が一気に曇った。おそらく、他のみんなが感じたものと同じことを思い浮かべているのだろう。

 彼女たち4人はクラス内だけでなく、学年全体でそこそこ有名な友人グループだ。

 幼馴染である瑞斗には花楓はそうは見えないが、他の3人は間違いなくカースト上位のキラキラした何かを持っていると分かるほどに。

 それは外部の者が見ても同じように感じる。つまり、悪い人たちに目を付けられやすいタイプの女の子たちということ。


「お前たちはここで大人しくしていろ。先生たちが探しに――――――――――おい、姉川あねかわ!」


 先生の言うことなんて聞いていられない。瑞斗の体は制止する声が飛ぶよりも先に動き始めていた。

 外は既に大雨と風で少し先も見えづらくなっている。危険だということが明らかだからこそ、先生だけでなく玲奈も腕を掴んで引き止めたのだろう。

 それでも彼の性格を知っている彼女は、岩住先生の「そのまま押さえておけ」という言葉に首を横に振って手を離してくれた。


「大切なもの、守れるものなら守ってみなさい。私はあなたにお人好しをやめさせる権利なんてないもの」

鈴木すずき、お前何を言って……」

「先生方に邪魔出来ますか? 彼が誰かのヒーローになろうとしているその勇気を」

「教師として生徒に危険なことはさせられないに決まってるだろ」

「でしたら、彼を追いかけさせまいとする私に手を出すことも出来ませんよね?」

「ぐっ……」


 瑞斗の前に立ち、両手を広げて行く手を阻む玲奈の言葉に、それを見ていた先生全員の表情が歪む。

 どう考えても大人である先生たちに任せた方がいいに決まっているし、彼らもそれを理解はしていた。

 それでも大切な人の安否を自分は安全な場所から眺めているだけなんて、他の誰が許しても彼自身が許せない。


「ありがとう、鈴木さん」

「私もいつまで持つか分からないわ。さっさとお人好しを解放して助けて来なさい」

「うん、わかった」


 瑞斗は玲奈に再度お礼を伝えると、岩住先生の「ばかもーん!」という声を背に雨風の中を走り抜けるのであった。

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