第94話 たとえ嘘だとしても

 運動をして疲れたので、瑞斗みずとたちは少し早めに昼食をとることにした。

 新館から出てすぐのところで各々が好きなものを買い、広い公園内を歩いて芝生の生えているだだっ広いところでレジャーシートを広げる。

 こういうピクニック気分を味わえる機会はそう多くない。頬を撫でるように通り過ぎて行く風に頬を緩めていると、横から 「ん」と先程買ったサンドイッチを差し出された。


「ぼーっとしてないで早く食べなさい」

鈴木すずきさんがあーんしてくれたら食べるかもね」

「調子に乗るんじゃないわよ」

「はいはい」


 いくら彩月さつき前田まえだくんがいるからと言って、そこまで恋人を演じてくれる訳では無いらしい。

 瑞斗が少し残念に思いながら仕方なくサンドイッチを自分でモグモグとしていると、その様子を見ていた彩月がニヤニヤしながらお弁当の中のブロッコリーを箸でつまんで差し出してきた。

 どうやら玲奈れいなの代わりにあーんをしてくれるらしい。何とも嬉しい申し出である。


「みっちー、あーん♪」


 ゆっくりと近付いて来るブロッコリー。文字を並べ変えたらブッコロリー。

 あーんをされるとしたら何がいいかのランキングで間違いなく下位に入るに間違いない食材だが、それでも今の彼にはご褒美だ。

 差し出されたのなら仕方が無い、断るのと申し訳ないし。そんな言い訳を心の中で垂れ流しつつ、口を開けてパクッと――――――――――――。


「んぐっ?!」

「私の前でそんなことをするなんて、どうやら切り刻まれる覚悟があるらしいわね」


 ―――――――――出来なかった。

 直前で後ろ首を掴んで引き寄せられたせいで、苦しさのあまりおぞましい声が出てしまったがそんなことはどうでもいい。

 自分はあーんを拒んでおきながら、他の人がするのも禁止するのはいささか理不尽ではないか。

 そう抗議しようと振り返った瑞斗は、その拍子に唇に触れた温かい感覚に言葉を詰まらせた。


「ふふ、キスだと思った? 卵焼きだったら食べさせてあげてもいいわよ?」

「……いや、結構です」

「何よ、せっかく心変わりしてあげたってのに。騙されたからって意地になってるのかしら」

「そんなこと言って、本当は鈴木さんこそあーんしたかったんじゃないの?」

「……そんなわけないじゃない」

「今目が泳いだね、図星なんだ」

「だとしたら、あーんしなくていいのね?」

「ありがたくいただきます」

「はい、どうぞ」


 わざわざ向こうからすると言ってくれているのだ。この機会を逃す手はない。そう思って卵焼きにかぶりついたのだけれど……。

 あれだけ言い合いをしていた割に、すんなりと食べさせてもらう瑞斗の姿に、傍から見ていた彩月と前田くんがぷっと吹き出した。

 何かそんなに面白いことでもしたかと玲奈が首を傾げると、彩月は腹を抱えながら「おふたりさん、仲良しだねぇ〜」と呟く。

 欲望に忠実になっただけの行為が傍からはそう見えたというのなら、二人にとっては良かったということになるのかもしれない。

 彼がそんなことを思いながら「好きだから、ね?」と玲奈の方を見ると、彼女は少し遅れて「……ええ」と弱々しく返事をした。


「玲奈、どうかした?」

「いいえ、何でもないわ。御手洗に行ってくるわね」

「リョーかい! 仕方ないから前田っちにブロッコリーあげる」

「た、食べたくないだけなんじゃ……」

「バレてる?!」


 二人のワチャワチャとしたやり取りを背に、早歩きで建物内のトイレへと入る玲奈。

 彼女は手洗い場の前に立つと、ほんのりと赤くなった自分の頬を冷まそうとパシャパシャ水をかけた。


「演技と言えど、あんな風に言い切られるとドキッとするじゃない……」


 その後、赤みが引くまでしばらくみんなの元へ戻ることが出来なかったことは言うまでもない。

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