第96話 盾となりて矛を待つ

 旧館の場所は、あまり近付かないようにと初めに注意されていたから何となく覚えている。

 顔を上げると風に吹かれて斜めに降ってくる雨が目に入りそうになるが、何とか案内の看板を見つけて走り続けた。

 そして新館を飛び出してから10分が経とうとしていた頃、ようやく立ち入り禁止の看板に囲まれた旧館の入口を見つける。

 普段、瑞斗みずとはこういう場所には近付かないし、入ろうという好奇心も持ち合わせていない。

 それでも幼馴染のピンチを思えば、少し罪を背負うくらいなんて事ないと思えた。


花楓かえで!」


 旧館は取り壊し工事が始まっているだけあって、窓も扉も残っていない。

 壁もところどころが崩れていて、とてと雨風を凌げる環境には見えなかった。

 そんな建物の一番奥、本来はイベントなどに使われる物品を保管する倉庫だった場所に、彼が探していた人物たちはいた。


「みーくん!」

「花楓、それに橋本はしもとさんたちも。無事だったんだね、良かった」

「マリーは元気だけど……」


 真理亜まりあがそう言いながら視線を向けた先に座っているのは奈月なつき

 他の3人は無傷なように見えるが、彼女の腕だけには強く掴まれたような跡が残っている。

 きっと身を呈してかかばってくれたのだろう。自分が来るのがもう少し早ければ、こんな目に遭わせなくて済んだのかもしれない。

 しかし、一つ気になることがある。奈月の腕に跡があるのなら、それを付けた犯人がいるはずだ。

 花楓たちは手も足も縛られているようには見えないし、逃げようと思えば逃げられるはず。だったらどうしてそうしないのか。

 そんなことを考えながら、立ち上がろうともしない4人に駆け寄ろうとした瑞斗は――――――。


「みーくん、来ちゃダメ!」


 花楓の叫ぶような声を聞いて、咄嗟に一歩後ろへ下がる。直後、置きっぱなしの棚の影から木の棒が振りおろされ、硬い床にぶつかって折れた。

 もしもあのまま進んでいれば、頭を殴られていただろう。違和感を覚えた時に確認するべきだった、そこに男たちが隠れていないかどうかを。


「お嬢ちゃんたち、人を追い返せなかったら酷い目に遭わせるってお兄さんたち言ったよね?」

「失敗したんだ、それなりの罰を与えないとな」

「でも、その前にそこの男に消えてもらわないと」

「めんどくせぇが、邪魔には違いねぇしな」


 男の数は4人、身長やガタイを見るに大学生くらいだろうか。少なくとも喧嘩をしたことも無い瑞斗が、まともにやり合って勝てる相手ではない。

 しかし、ここで立ち向かわなければ次に手を上げられるのは花楓たちだ。

 きっと玲奈れいなも先生たちの足止めに失敗している頃だろう、しばらくすれば大人の人が駆けつける。

 自分は少しでも早く、少しでも多く4人が受けるはずだった危険を引き受けるために走ってきたのだ。ここで背を向けるわけにはいかない。

 背中を引っ張ろうとする恐怖心は右頬を叩いて忘れる。そして、不慣れなファイティングポーズを取った彼は、襲いかかってくる男たちに向かって拳を突き出―――――――――――――。


「ぶへっ?!」


 ―――――――そうとしたもの、あっさり殴り飛ばされた。腹に二発、蹴り一発、顔にも一発。

 瓦礫の上に倒れて背中が痛むし、骨が折れたんじゃないかと言うくらいの衝撃だった。

 それでも何とか踏ん張って立ち上がる。自分の意識がある内は、彼女たちを守れるから。

 心に強く意志を持って、脳が回らなくても足さえ動かせればいい。そう思ってはいるものの、やっぱりもう体に力が入らない。

 自分の意思とは関係なく地面についてしまう膝。もうダメなのかと諦めかけたその時だった。

 ふと足音が聞こえたと思った矢先、真横を走り抜ける人影が見えた。

 その人物は男たちの前で高くジャンプすると、両足で二人の男の顔を同時に蹴りつける。そして。


「あら、走り幅跳びをしてたら新館からここまで飛んで来ちゃったわ」


 ひらりと着地した彼女、鈴木すずき 玲奈れいなはそう言いながらこちらを振り返ると、呆れたような、それでもどこか仕方ないという表情で呟くのであった。


「ついでだから私が助けてあげるわ、殴られ役のヒーローさん」

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