第93話 籃球と書いてバスケと読む

 あれから玲奈れいなたちは幾度となくブロックをかわされ、何度も点を取られた。

 瑞斗みずとだって何もしていないわけではない。ゴール下に来た敵を言われた通りに足止めしようとしているが、熟練されたスキルを前に文字通り手も足も出ないのだ。


「マナブ、あいつは本当にキーマンなのか?」

「間違いないはず……なんだがな」

「そんなことよりキーマカレーが食べたいでごわす」

「バスケが終わってからにしやす」

「ごわす……」


 関国の4人も瑞斗の実力を疑い始めてはいたが、あまりの手応えの無さが逆に怪しい。

 ここから逆転されるとしたら一方的な試合にひっくり返されなければ不可能だろうが、警戒は怠らないようにと伝え合ってポジションに戻った。

 一方、その警戒されている本人はというと、そろそろ少しは役に立たないといけないかもと焦り始めているところである。

 相手チームのパスコースを消しに行くだとか、少しでもブロックするだとか、下手でも居ないのと同じでは無いはず。

 そう思って前に出ようと思ったのだけれど、それに気がついた玲奈がすぐにそれを止めた。


「瑞斗くんは来なくていいから」

「どうして? 負けてるのに」

「さっきから彼らはボールを奪う時に強く体を入れてきているわ。あなたならあっさり突き飛ばされてしまうもの」

「それでもここでぼーっとしてるよりかは……」

「怪我させたくないから言ってるのよ、察しなさい」


 彼女のその一言で気が付いた。

 ずっと自分を頼りにしていないと言う口振りで、突き放すようなことを言っていたのは、別に本当に人数合わせのためだけではなかったのだ。

 4人の中で最もスポーツが出来ない瑞斗が、少々強引なプレーをしてくる相手とぶつかって傷つくのを見越していたからこその拒絶。

 この行為に名前があるとしたら、それはきっと優しさと言って差し支えないのだろう。

 しかし、それは時にお節介とも呼ぶし、余計なお世話とも言う。決めるのは受けた側の瑞斗だ。


「察した上でもう一回聞くけど、僕も攻撃に参加していい?」

「だから、あなたは―――――――――」

「僕もチームだよ、負けるなら一緒に負けたい」

「……はぁ、物好きね。好きにしなさい」


 やれやれと言う風に首を振る彼女に、瑞斗は「ありがとう」と告げて前に出た。

 もうゴール前で土いじりをしている小学生役は卒業だ。残り時間は5分、これくらいなら体力の無い自分でもやりきれるはず。

 彼は心の中で大きく頷きながら、この勝負に全力で臨む覚悟を決めたのだった。

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 そして5分後、瑞斗たち4人はその場に座り込んだ。何とか4点は取り返したものの、時間切れで負けてしまったのだ。

 それでもやり切ったから悔いはないし、これでコートから追い出されるのなら仕方ないとさえ思える。


「ふっ、やっぱり大したことねぇじゃねぇか」

「素人に毛が生えた程度でごわす」


 得意げな顔でそう言うゴロウとマサオ。確かに玲奈の運動神経が良いことは間違いないが、チーム戦とはいえ大口を叩いて負けたのだ。

 彼らに何を言われようとも文句は言えないし、敗者なのだから頭を下げることになるかもしれない。ただ、マイコとマナブは気付いていた。


「……やけど、4人とも清々しい顔してはるなぁ」

「全力を出してくれたんだろうね」

「「……」」


 2人の呟きに彼らがそれ以上何か悪口を言うことはなく、4人は互いに目配せをしてその場を立ち去っていく。


「久しぶりに見たな、ああいう顔」

「おいどんの敵ではなかったでごわす。でも、何だか気持ちがいいでごわす」

「ウチら、忘れとったんや。バスケを楽しんでやるってことを」

「彼らはきっと、いつか僕らを凌ぐほどのプレイヤーになるだろうね。それを楽しみにしておこうか」


 笑顔でそんなことを言い合う関国のメンバーたちの胸には、この試合の前にはなかった輝きが再び宿っていた。

 そんな彼らの背後で、深いため息を零しながら立ち上がった瑞斗たち4人が、「バスケはしばらくやらなくていいかな」という話をしていたことはまた別のお話。

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