第92話 動かざること山の如し

 4on4のバスケ対決。それぞれのチームが配置に着き、ポジションは前田まえだくんがセンター、玲奈れいな彩月さつきがそれぞれ左フォワードと右フォワードを担当することになった。

 瑞斗みずとはゴール下で来た人を足止めしてくれればいいとのこと。相変わらず評価がかなり低いが、正しい選択なのは間違いない。

 せっかくのボールを奪われるくらいなら、一人を下げさせてでも上手い3人で回すのが好手じゃろありんこというものなのだから。


「それでは試合を開始する」


 偶然様子を見に来た一般人のおじさんに審判をお願いし、ティプオフ……つまりボールを上に投げて取り合うやつをやってもらった。

 ここは身長の高い前田くんがボールを弾き、着地地点に居た彩月がドリブルで前へと運んでいく。

 それに合わせてあとの二人も移動し、少しずつだがゴールへと近付けていく。

 その間、常に相手にパスコースを遮られない三角形を作り続けているのが瑞斗にも分かった。さすがは運動センスのある3人だ。


「玲奈!」

「いいパスね、上がって」


 玲奈の指示で前へと走り出した彩月にゴロウが着いて行く。それによって開いた隙間からボールを通すと、前田くんがキャッチしてそのままレイアップでゴールを決めてくれた。


「やるわね、前田くん」

「すごく良かったよ〜♪」

「2人のパスが良かっただけだよ……」


 本当に3人だけで点を取ってしまった。初めから分かっていたが、人数合わせで立っているだけというのはかなり虚しい。

 それでも余計な手出しをしてミスを招いてしまえば、それこそ申し訳ないのでゴールの高さを目視で測る遊びをして気を紛らわせた。


「思ったより動ける見てぇだな」

「ふん、ウチらの本気はこれからどす」

「ごわすごわす!」

「そう殺気立つなよ、お前ら」


 イライラを溢れださせる3人を、関国の遊び人ことマナブが宥める。

 それから玄武ことマサオにボールを渡すと、何かを耳打ちして自分はポジションよりも少し前に出た。

 反撃として何かしらの策を立てたらしい。それを察した3人が身構えた数秒後のこと。


「関国奥義……ツインドリブル!」


 マサオからマイコに渡ったボールは、彼女の正確な軌道のパスによって走り出したマナブの手に収まる。

 彼はそれをすぐ隣を走るゴロウにワンバウンドで渡すと、ゴロウもすぐに同じ要領で返した。

 一見意味の無い行為には見えるが、2人の信頼関係と高い技術力が生み出す高速パスは、まるで両者がボールを持っているかのように錯覚させる。

 そして止めようと前田くんが立ちはだかった瞬間、あえてまっすぐ突っ込んできた彼らは二手に分離した。

 何とかマナブの方だけは足止めすることには成功したが、彼の手にはボールなど無い。初めから囮になる作戦だったのだ。


「行かせないわよ!」

「ここは通せんぼだからね〜」


 すぐに玲奈と彩月が壁を作りに走るが、強行突破するかに思えたゴロウは直前でくるりと体を回転させると、いつの間にか逆サイドに走り込んでいたマイコにパスする。

 完全にフリーとなってしまった彼女を止めるものは誰もおらず、空を舞う朱雀のごときシュートがゴールネットを揺らした。

 真下で天井に挟まっているボールの数を数えていた瑞斗の顔面に直撃し、痛む鼻を押さえることになったがこれはぼーっとしていた彼が悪い。

 あっさりとスリーポイントで逆転された玲奈たちは、悔しそうに拳を握りしめながら残り時間を確認した。


「まだ焦るような時間じゃないわ。落ち着いて確実に取りに行くのよ」

「了解〜♪」

「頑張ります……!」


 まだ希望を捨てていない3人に、怪しくほくそ笑む遊び人のマナブ。彼らの本気はこの程度ではない。

 ツインドリブルは彼らにとって最初に覚えた技。それすら見破れない相手は、関国にとって足元にも及ばぬ的だということなのだ。しかし……。


「練習相手にもならねぇ。だが、ゴール下で動かないあいつはなんだ? どうして全員で攻めて来ない」

「マナブ、さっきあいつは弱いからって……」

「そんな単純な言葉に騙されるな。いくらなんでも怪しすぎるだろ」

「そうどすか? どう見てもバスケとは縁がなさそうに見えるんどす」

「ごわすごわす!」

「……いいや、あいつは恐らくキーマンだ。俺たちはあいつが出る必要も無いと見くびられている」


 ただただ怠けているだけの瑞斗は、いつの間にか自分が強敵扱いされていることを知る由もない。

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