第72話 解決策、ここにあり!
理科室の扉を開けて中に入ると、何人かの視線がこちらへ集まった。彼らは化学部の生徒だろう、薬品らしきものを慎重に混ぜている。
高校生が触れるものだからそれほど危険なものは無いにしても、雰囲気だけでど素人の
そんな生徒たちのうち、一人が「あっ」と声を出してこちらへ駆け寄ってきてくれる。
「瑞斗さん、ようそこです!」
「あ、
「いえいえ、部員とは名ばかりでたまに雑用をしに来てるだけですよ」
そう言いながらコロコロと笑う小さな女の子は
確かに彼女の着ている白衣は真っ白で、とても実験をしたことがあるとは思えない。アリ〇ールで洗った直後なのかもしれないけれど。
「山田さん、まだ謝ってなかったよね。花楓の件では騙すようなことしてごめんね」
「彼氏を演じていたって話のことですか? いいんですいいんです、花楓ちゃんも言ってました。自分が無理を言ったから瑞斗さんは悪くないって」
「だけど、止めなかった僕にも責任が……」
「花楓ちゃんは優しくていい子です。そんな人が信じる相手を、私も信じるって言ったら変に思われちゃいますか?」
「……ううん、すごく嬉しいよ」
「えへへ、良かったです♪」
にっこりと笑う彼女は、「でも、花楓ちゃんを悲しませたら許しませんからね」と人差し指を立てて『めっ』のポーズをして見せる。
低めの位置から見上げるような角度と、軽く膨れさせた頬。そんな姿を瑞斗は『確かにこれは愛玩動物だ』と思いながら眺めつつ、分かったよと言う気持ちを込めて頷いた。
「それなら安心です。ところで、今日はここへ何か用事があって来たんですよね?」
「あ、そうだった。接着剤を剥がしたいんだけど、何かいいもの無いかなって」
「私はビーカーで砂糖の結晶しか作ったことがないので……部長さんに聞けば何か分かるかもです」
「その部長さんは居る?」
「はい、奥の準備室に入っていきました!」
「ちょっと呼んでもらえないかな。なるべく急がないといけないから」
「了解ですっ!」
ビシッと敬礼をした彼女は、トコトコと駆け足で奥の扉へと向かってくれる。
途中でフラスコを運んでいた別の部員とぶつかりそうになっていたけれど、山田さんに頼んで正解だったのだろうか……。
そんな一抹の不安を感じながら待つこと数十秒。「こっちです!」という声と共に出てきた夢結の背後には、色んな色の液体で汚れた白衣姿で頭に防護メガネを乗せた女子生徒が着いて来ていた。
「お待たせしました! こちら、化学部部長の
「君が私に用があるのかな。ワタシは今忙しい、手短にお願いしたい。……どうした、ぼーっとして」
「ちょっと名前のインパクトが強かったもので」
「言っておくが、間瀬 ルナは部員が勝手にそう呼んでいるだけだ。本名は
「そうだったんですね。じゃあ、間瀬先輩で」
「ほう、君との距離感は嫌いじゃない。そうだね、少し多めに時間を取ってあげよう」
「ありがとうございます……?」
どうやら、彼女もグイグイ距離を詰められるのは得意ではないらしい。その点で気に入られたようで、先輩は横を向いていた体をこちらへ向けてくれた。
「要件を言いたまえ」
「瞬間接着剤でソファーにスカートがくっついた人がいるんです。剥せる道具ってありますか?」
「それは大変なことだ。ちょうどいいものがある、少し待っていてくれ」
間瀬先輩はそう言い残して小走りで準備室へ戻ると、手のひらに乗るサイズのボトルのようなものを持ってきてくれる。
彼女はそれを瑞斗に手渡すと、「それを使えば、衣類でも綺麗に剥せるだろう」と言った。
「ありがとうございます。ところで、これは一体何ですか?」
「アセトンの原液だ。手についた接着剤を剥がす為に使われる薬品のもっと濃いものだと思ってくれていい。衣服と接着剤はくっつく力が強力だからね」
「体に害は無いんですよね?」
「ああ、飲んだりしなければ大丈夫だろう」
「それなら安心しました。使い終わったら返しに来ますね」
「そのサイズなら使い切ると思うが、容器はこちらで処理する決まりだ。そうして貰えると助かる」
瑞斗は「では、頑張りたまえ」と手を振る間瀬先輩と夢結に頭を下げ、小走りで理科室を後にした。
あとはこれを使って先輩を解放するだけ。少し時間がかかってしまったが、無事に我慢してくれているといいのだけれど。
心の中で強く祈りつつ、彼は部室に向かって歩を進め始めるのであった。
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