第70話 障子とドアは破ってみたくなる

 接着剤によって囚われの身となってしまった陽葵ひまり先輩を見捨てる訳にもいかず、瑞斗は何とか助け出す方法を模索していた。

 まず、力で何とかなったりはしないかと腕を掴んで引っ張ってみたものの、強力な接着剤なだけあってビクともしない。

 無理にやろうとするとスカートかソファーがボロボロになってしまいそうなので、泣く泣くこの方法は断念することに。

 他に剥がす方法として思い付いたのが、カッターで接着剤の表面だけを切り取るというものだったが、万が一先輩の肌に傷を付けてしまう可能性も考え、刃物を近付けるのはやめておいた。

 あと、ネットで調べた中で一番のオススメは40度のお湯でふやかすことだったが、そもそもソファーとくっついてしまってはお湯をかけられない。

 かけたとしても床がびちゃびちゃになるし、先輩の足には熱湯がかかる。刃物よりマシかもしれないが、安全とは言えないので没にした。


姉川あねかわくん、いいこと思い付きました」

「何ですか?」

「スカートを脱いじゃえばいいんですよ」

「脱いでどうするんですか」

「脱げば自由になれます!」

「確かにそうですけど、僕が聞いてるのはその後の話です」


 もしもここが手芸部の部室であったのなら、スカートの一枚くらい予備があっただろう。

 もしもここが演劇部の部室であったのなら、服までおまけで付いて来たかもしれない。

 けれど、ここはお手伝い部だ。あるのはソファーと冷蔵庫、それから机だけ。小物や雑貨類も幾つかあるけれど、服は愚か布切れすらない。

 そんな状況で自由に動けるようになったとて、帰ることも出来なければトイレにも行けないのだ。お世辞にも精神的に自由とは言えないだろう。


「そうだ、化学部なら接着剤を溶かす薬品があるかもしれませんよ」

「私を一人にするんですか?」

「いつもひとりじゃないですか」

「……そう、私は独り。友達もいない惨めでぼっちな先輩ですよ」

「そういう意味で言ったんじゃないです」


 落ち込む先輩は背中を撫でて慰め、「大人しく待っていて下さい」と伝えて扉へ歩み寄る。

 そしてドアノブを捻った瞬間、瑞斗はその感触で思い出した。ここは鍵がかかっていて開かなかったのだと。


「先輩、開けてください」

「……?」

「ハテナじゃないですよ。開けてもらわないと助けられませんよ」

「私、閉めてないですけど?」

「……え?」


 先輩が閉めていないのだとしたら、どうしてこのドアには鍵がかかっているのか。

 と言うよりも、以前まで内側にあったはずの鍵のツマミが消えていることも気になる。

 もしかすると、悪意のある誰かが自分たちを困るせるためにやったのではないか。そんなふうに考え始めた瞬間、キョトンとしていた先輩が口を開いた。


「まあ、オートロック機能付きのドアノブにはましたけどね」

「絶対にそのせいじゃないですか」

「また姉川くんが逃げ込んだ時、誰も入れないようにと思ってのことだったんです。でも、昨日まで動かなかったんですよ。だから、不良品なのかなと放置してました」

「そしたら急に動いて、おまけに解錠してくれなくなってしまったと」

「えっと……それは多分、私が逆向きに取り付けちゃったからで……」

「どういうことですか?」

「解錠ボタン、外側に付いてます」

「…………」

「…………」


 二人の間に沈黙が流れる。陽葵先輩は自分が付け間違えたことに気がついていながら、動かないならいいかと放置していたわけだ。

 そのせいでこの自分で自分を監禁するというエセマッチポンプが発生しているわけで、巻き込まれた瑞斗からすれば災難以外の何物でもない。


「どうするんですか、これ」

「大丈夫です、ドアを蹴破る方法は知ってます!」

「知ってても立てないじゃないですか」

「そこはスカートを脱げば……」

「脱ぎたがるのやめてください。要点さえ教えてもらえれば僕がやりますから」


 チャックに手をかける彼女を止め、本心では嫌がりながらも仕方なくドアの前で構える瑞斗。

 彼は、陽葵から教えてもらった『ドアノブの上辺りを思いっきり蹴る』ということを頭に入れ、深呼吸をしてから思いっきり足を前に突き出したのだった。


「あら、開いてないですね」

「……すごく痛いです」

「先輩がよしよししてあげましょうか?」

「だから、こっちに来ようとしないで下さい」

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