第66話 早とちりとちりとりは似ているけど全然違う

 お風呂場から出た二人は、何とも言えない気まずい空気の中、それぞれバスタオルで体の水分を拭った。

 特に何かあったわけではない。ただ、前のめりに世話を焼いてくる玲奈れいなの胸が当たったり、手から滑り落ちたシャワーヘッドが暴走してびしょ濡れになったりしただけである。

 そして、人一倍の性欲を持ち合わせた瑞斗みずとがその感触と眼福な光景にニヤけ、自分のしでかしたことに気付いた彼女に平手打ちされただけ。

 その後、浴室から出ようとする玲奈を止めようとした瑞斗がシャワーホースに足を取られ、不可抗力で壁ドンをしてしまっただけだ。

 そう、ただそれだけの話。それだけの事だと言うのに、背中を向け合う二人は今、猛烈にお互いを意識し合っている。


(色々巻き込まれ過ぎて忘れてたけど、そう言えば鈴木すずきさんも普通に女の子なんだよね……)

(友達よ、友達。友達なら一緒に銭湯に行くことだってあるはず、瑞斗君と一緒にだって……って入れるかい! 私のバカ、熱に浮かされたクラスメイトとお風呂で二人きりになろうとするなんて……)

(いやいや、手は出してないしセーフだよね。柔らかさは堪能してしまったけど)

(それにしても、男の子の背中って大きいのね。洗ってるだけなのに安心感があったわ)


「「……良いお風呂だったなぁ」」


 無意識のうちにポロッとこぼれ落ちた言葉に、二人はお互いの方を振り返りながら「え?」と首を傾げた。

 それはそうだ。自分の口から出たはずの言葉が、背後にいる人の口からも出てきたのだから。思考が一瞬固まっても致し方ない。


「いや、違うよ。今のは汗を流せてスッキリしたなっていう意味だからね」

「ふーん、何と比較しての違うよなのかしら。どうせ私の体を見て変な想像でも捗らせていたのでしょう? 今白状するなら許してあげてもいいわよ」

「してないってば。鈴木さんこそ、洗ってくれただけなのに良いお風呂だったらしいね?」

「っ……それはただ、人と入るなんて新鮮だったから楽しかっただけで……」


 普段のキッパリとした口調とは違い、モゴモゴと弱々しく否定をする玲奈。

 瑞斗が「楽しかったんだ?」と聞き返すと、彼女はキッと睨みつけてからまた背中を向けてしまった。


「そろそろ出て行ってくれないかしら。あなたが居ると脱げないじゃない」

「あ、ごめん。僕は先に部屋に戻って髪を乾かしておこうかな、ゆっくりしていいよ」

「ええ、わかったわ」


 玲奈が上がる前に脱いでおいた水着は、腰に巻いていたバスタオルとまとめて洗濯カゴへと放り込み、服を脱ぎかけている彼女の方を振り返りたい気持ちはグッと押し殺しながら脱衣所を出る。

 それから自分の部屋へと戻ったところで、ふと机の上へ丁寧に畳んだ状態で置かれた女物の服を見つけた。

 そう言えば、玲奈はここでTシャツに着替えてお風呂場へと向かった。その手には何も持たれていなかったはず。

 つまり、今の彼女には濡れた服以外に着るものがないということになる。


「すぐに届けないと」


 脱ぎかけている気配はあったため、おそらく着替えがないことに気付く前に脱いでしまっただろう。

 経験したことがある人ならわかるだろうが、濡れたTシャツをもう一度着るのはかなり手間がかかる。

 もし着られたとしても、肌に触れた時に感じる冷たさは脱ぐ前の数倍と言ってもいい。

 看病してくれる側ではあるが、玲奈も一応病み上がり。そんな姿で何分も放置しては、また倒れてしまいかねない。

 そう考えた瑞斗は服を抱えると、駆け足で部屋を飛び出して階段を駆け下りた。

 そして脱衣所への扉の前で止まってノックをしようとした瞬間、それらの事件は同時に発生してしまう。


「私も間抜けね、着替えを置い……え?」

「……え?」


 目の前では、ガラリと開いた扉の向こう側から、ピチピチに体へ張り付いたTシャツ一枚姿の玲奈が姿を現し――――――――――――。


「その足音はみーくんで間違いない! いつの間にお風呂から上がって…………は?」

「…………は?」


 背後では、リビングから出てきた花楓かえでが、お互いに髪を濡らした姿で見つめ合う二人を見て、そこに存在したはずの笑顔を失った。


「瑞斗君、その手に持っているものを貰えるかしら」

「え、ああ、うん」

「どうしてみーくんが鈴木さんと?! それに服を脱いで……まさか私が居ない間に……」

「違うよ、花楓はきっと勘違いをしてる」

「何も勘違いなんかじゃないわ、形式的ではあったけれど裸の付き合いはしたもの」

「は、はだっ……はだ……裸の……突き合い?!」

「鈴木さん、お願いだからこれ以上花楓を刺激するのはやめて。この子は歩く早とちり製造マシーンなんです」

「あら、それは悪いことをしたわね。でも……」


 眉を八の字にしながら「もう手遅れみたいよ?」と呟く玲奈の指し示す先には、絶望したように崩れ落ちる花楓がいたことは言うまでもない。

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