第67話 条件付きの諦めは時に頑張りを底上げする
「汚された……私の綺麗なみーくんが……」
彼女のものになった記憶は1ミリ足りとも持ち合わせていないものの、落ち込む気持ちが分からなくもないから何と声をかければいいか分からない。
そう迷っているうちに時間だけが過ぎていて、着替えを終えた
「
「い、いきなり何よ」
「同意のもとの行為だったのかと聞いてるんです!」
「同意? ……ああ、そういうことね」
玲奈はなるほどと頷くと、言うまでもないと言わんばかりの表情で「もちろんよ」と答える。
その直後、花楓が落ち着くかと思って渡してあげた古いクマのぬいぐるみの顔が、『ふぎゅう』と苦しそうな声を漏らしそうなほど歪んだ。
「私のみーくんがぁ……」
「あなたのじゃなくて私のよ」
「鈴木さん、大胆だね」
「瑞斗君は黙ってて」
「……はい」
相変わらず口喧嘩の最中は、取り合われているはずなのに
「落ち込むのは自由だけれど、だからと言って人の彼氏に何かしようとは思わないことね」
「ふーんだ、人の彼氏に手を出しちゃいけない法律なんてないもん」
「そんなこと言えば、人を殺しちゃいけないって法律もないわよ。ただ殺したら罰が下されるって書いてあるだけだもの。私が言ってるのは倫理的な話」
「花楓、難しいことよく分からないしぃ」
「だったら分かるまで身体に教え込ませて上げてもいいのよ? 少し痛いことはすると思うけれど」
「い、痛いのはみーくんじゃないと嬉しくない……」
鋭い目付きで威嚇する玲奈に、ぬいぐるみを抱きしめながら小さくなってしまう花楓。
さすがに本気で手を上げるつもりは無かったようで、その姿を見た彼女は掲げた拳を下ろして深い溜め息をこぼしながら腰を下ろした。
「小林さん、私も瑞斗君のことは大切だから奪いたい気持ちは分かるわよ。だから、近付くなとも手出しするなとも言わないわ」
「……うん」
「そこは一途な彼の気持ちを信じているもの。あなたがいくら幼稚なアタックをしたところで、私に向けられた気持ちは揺るがない」
「…………」
偽物彼女による嘘で塗り固められた演説だと言うのに、当人である瑞斗まで少し聞き入ってしまうような優しいトーンと語り口調。
花楓はそれが余計に悔しかったようで、閉じられた
しかし、その両方が次の玲奈の言葉で開かれることになる。だって――――――――――。
「思う存分、好きなようにやりなさい。それで瑞斗君が折れたら、身を引くことを約束するわ」
彼女が言ったことは、花楓にとってあまりに予想外過ぎることだったから。
大切だと言っておきながら、その瑞斗を賭けるような真似をしているのだ。そう思われてたとしても仕方がない。
しかし、傍から見ている彼にとってその選択は何も矛盾していなかった。だって玲奈は、ずっと謝りたい気持ちを抱え続けているのだから。
この条件付きの諦めは、花楓に対するせめてもの償いであり、同時にそれ以外では決して諦めないという覚悟の現れでもあった。
「その代わり、私も妨害に手は抜かないから」
そう言ってにんまりと笑う彼女に、深呼吸をして落ち着いた花楓が「言われなくても、絶対に奪うもん」と言い放つ。
そんな気合いの入った視線を交わし合う二人の、バチバチとした衝突音がほんの少しだけマイルドになっている気がしたことは言うまでもない。
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