第65話 自分が存在する意味は自分で作り出すべし

 食事が終わったら次は何をするべきか、玲奈れいなは昨日のことを思い返しながら部屋に戻った。

 自分の場合は確か、汗で濡れていた体を拭いて着替えたはず。しかし、見たところ瑞斗みずとはそれほど汗をかいていない。

 それどころか、測り直してみれば既に平熱に落ち着いているではないか。

 無理をすればぶり返す可能性もあるものの、とりあえず過度な心配は必要無くなったと考えて問題ないだろう。

 ……しかし、玲奈も『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかなかった。

 もし体を拭く必要も着替える必要も無くなってしまったら、自分がここにいる意味を見失ってしまうから。

 昨日してもらったことと同じことを辿り、その通りにこなすことしか出来ていない彼女にとって、同等の働きをすることが最低限のお返しノルマなのだ。


「瑞斗君、体拭いてあげるわ」

「大丈夫だよ、ゆっくりしてて」

「そうはいかないわ。今の私はあなたのためになにかしたくて仕方がないの」

「じゃあ、僕のためにくつろいで」

「……それで私が満足すると思う?」

「思わない」

「そう。熱で脳がやられた訳ではないようね」

「38度でやられたらお風呂入れないよ」

「言われてみれば……ってお風呂?」


 瑞斗の返しに納得しかけた玲奈はそのワードに言葉を止めると、顎に手を当てて少し考え込む。

 熱がある時にお風呂に入ることはあまり良くないと聞くが、既に落ち着いているのならそれほど問題もないのではないだろうか。

 監視役としてであれば同じ浴室に立入ることも問題は無いし、ついでに背中を流してあげたなら拭くよりも貢献度を稼げるはず。

 男女間に生成される壁については、水着か何かでも着てもらえれば目のやり場にも困らない。

 彩月さつきも、仲良くなるためには裸の付き合いも大事だとか何とか言っていた。彼女にとってそのチャンスは今しかないのだ。

 玲奈は心の中で深く頷くと、せっせと組み立てた作戦を実行すべく、眠そうな目でこちらを見ている瑞斗に顔をぐいっと近付ける。

 そしてクンクンと鼻を動かすと、少々大袈裟に仰け反りながら言った。


「瑞斗君、ちょっと臭うわよ」

「……そんなに?」

「乾いても匂いは残るわ。熱がある内に汗をかいていたみたいね、綺麗に流しておくべきよ」

「そっか、それはごめんね。ずっと変な臭いしてたのに、我慢してまで近くにいてくれたんだね」

「そういう訳では無いけれど……」


 素直にしゅんとする姿に、胸が少し痛む。臭うだなんて話が、お風呂に向かわせるための嘘だから。

 本当はむしろいい匂いがしている。気を抜けば鼻をつまむ演技さえ忘れてしまいそうになるような、ふわっとした柔らかい匂いが。

 この家で使われているシャンプーの香りだろうか。どこのを使っているのかは後でこっそり確認するとして、今は目的のために心を鬼にしなければならない。


「とにかく、シャワーで体を綺麗にすべきよ」

「そこまで言うなら、体調がいい内に入ってくるよ」

「私も一緒に行くわ。ぼーっとして転んだら大変だもの、助けてあげる」

「……お風呂だよ? 裸の男と密室はいくら看病だとしても問題ありだよ」

「あなたが変な気を起こさなければ平気よ。それにあなたには水着を履いてもらうし、私も濡れてもいい服を着て入るから」

「それなら問題無いの?」

「ええ、当たり前じゃない」


 玲奈はそう言って胸を張りながら、「あなたのTシャツを2枚借りるわね」と、場所を教えてもらってクローゼットを漁り始めた。

 自分は友達として、体を綺麗に保つことを手伝ってあげるだけ。滞りなくクールに全て終わらせて、距離をもっともっと縮めてやるんだから。

 そんな意気込みを胸にせっせと監視役の服装に着替え、身も心も準備万端なことを確認してから出陣したのだけれど―――――――――――。


「……」

「……」


 いざ水着姿の瑞斗を前にしてみると、先程までのように普通に話すことが出来なくなってしまって、しばらくの間シャワーの音だけが浴室内に響き続けたことは言うまでもない。

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