第64話 誰しも自分も知らない己を知る時が来る
「よし、完成」
私はつまみを捻って鍋を熱していた火を止めると、出来上がったお粥を深皿に移す。
昨日の
高校生ならまだしも、まだ幼い彼女とすれ違うかもしれない環境で熱々の鍋を持ち運ぶのはあまりに危険よね。
その判断があっての移し替えだけれど、よく考えてみれば洗い物を増やしてしまっている。これは失態だ。
「まあ、後で手洗いしておけばいいわ。今は早く彼に食事を届けないと」
あえて独り言を口にして自分の背中を押した私は、シンクに置いたお鍋に水を張ってから、スプーンとお茶碗を取って二階へ向かう。
部屋に入ると、絵本を持って瑞斗君の方を向いていた
どうやら代わりに容態を見ていてくれたらしい。可愛くて優しい妹を持った彼は幸せ者ね。
「小学生に読み聞かせしてもらう気分はどうだったかしら」
「なかなか悪くなかったよ。胸の辺りだけ熱が上がった気もするけど」
「正常なようで良かったわ。お粥、食べられそう?」
「うん。匂いを嗅いだら少し食欲が出てきたかな」
ポンポンと自分のお腹を叩く彼に、私は自然と笑みを零しながらお粥を
ただ、スプーンを渡そうとしたところで、ふと手を止めてしまう。いつだったか、
『友達同士ならあーんは普通、むしろ仲良くなった証じゃん? 恥ずかしがってる方がおかしいって!』
彼女が言うには、あーんとやらをするのは友達として何らおかしいことではないらしい。
むしろ、仲良くなりたい・仲良くなれたと思っているのなら、前のめりにやるべきなんだとか。
私より友達が多いあの子が言うなら間違いないわよね。瑞斗君とは少し仲良くなれた気もするし、口実さえあれば難しいことではないはず。
「
「……あ、少しぼーっとしていたわ」
「スプーン、もらえるかな?」
「ええ、いいわよ。ところで瑞斗君、肩が重かったりはしないかしら」
「随分と急だね。熱があるせいか、少し重だるい感じはあるかな」
「ふふ、それなら私が食べさせてあげるわ」
「もしかして何か企んでる?」
「っ……いいえ? サービス精神に他ならないわよ」
さすがに怪し過ぎたようで、彼はしばらくこちらを見つめていたけれど、「それなら任せようかな」と軽く口を開けてくれる。
私は心の中でガッツポーズをすると、お茶碗を受け取って適量のお粥をスプーンですくった。
それからふーふーと吐息で冷ますと、律儀に開いて待ってくれている口の中まで運んであげる。
「……ん、
「それは良かったわ、お粥なんて家族以外のために初めて作ったから心配だったの」
「これなら毎朝食べれる」
「嬉しいことを言ってくれるじゃない」
「あー」
「はいはい、すぐにもうひと口運んであげるわ」
「……ん、まいうー」
「古いギャグで褒められても喜べるものなのね」
ひと口食べさせてあげる度に、もぐもぐとしながら美味しいだとか好きな味だとか、はたまた病みつきになるだとか。
そんなついつい頬が緩んでしまいそうになるセリフを、恥ずかしげもなく伝えてくれる瑞斗君。
そんな姿を見ていると、何だかこっちまで少し体温が上がったような気がして……いえ、きっと確かに体温が上がってるのよ。だって私――――――。
「鈴木さん?」
「ん? どうかしたかしら」
「お茶碗、空っぽになってるよ。まだ食べれそうだからおかわり欲しいな」
「ええ、すぐに用意するわね」
――――――今、ものすごく興奮してるもの。
お粥を粧うために背中を向けているから何とか隠せたものの、同級生の男の子に餌付けをしている感覚にドキドキする胸が抑えられない。
自分にこんな一面があったなんて、今までずっと知らなかったわ。……もしかして、瑞斗君に対してだけなのかしら。
でも、これではまるでペットと主人よ。私が求めているのは対等な友人であって、従順な雄犬なんかでは無い。
そう思い直して首を横に振ってしっかり邪念を消し去ると、2杯目のお粥を持って彼に向き合う。
「はい、待たせたわね」
「あー」
「くっ……」
「鈴木さん、口元押さえてるけど大丈夫? 気分悪いなら自分で食べるから無理しなくていいよ」
「へ、平気よ、これくらい。この程度で諦めてたら何も出来やしないわ」
「……?」
「こっちの話だから気にしないでちょうだい」
危うく食べさせる前に、自分が自らの性癖に喰われるところだったわ。
私は心の中で額を拭いながら短いため息を零すと、それから後は心を無にしてお粥食べさせるマシーンと化したのであった。
それから数分、瑞斗が満足して「ごちそうさま」をした後、片付けと言って部屋を出てからしばらく、頭を冷やす時間が必要だったことは私だけの秘密。
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