第59話 かわいいと美脚は正義

 パジャマを脱がし終えると、こちらに背中を向けたままの玲奈れいなは恥ずかしそうに視線だけをこちらへ向ける。

 そして持ってきた風呂桶を顎で指し示すと、「後は分かるわよね?」と訴えて来た。

 もちろん、アニメもラノベも好物な瑞斗みずとには分かる。ラブコメ系なら大抵こういうシーンがあるから。

 そうでなくとも、お風呂に入れない女の子が新しい服に着替える前にするべきことを考えれば、思い至る先はひとつしかないだろう。


「……タオルで縛って押し倒す?」

「は?」

「冗談です、ごめんなさい」


 ふと頭を過ったことを零した瞬間、思わず後退りしてしまうほどの目力で睨み付けられた。

 自分にデリカシーが無いことはある程度分かっていたが、今のはさすがに脊髄せきずいで喋り過ぎたかもしれない。

 それに縛ってしまったら、それはラノベじゃなくてエロ漫画だ。平々凡々な男子高校生なりの妄想はしたとて、実行に移すような下衆げすではない。


「念の為に確認しておくけれど、私が今どれほど心細いか分かってもらえているかしら」

「……ごめん」

「初めて会話してから一ヶ月も経っていない男の子の前で裸なのよ。いくらこちらからの頼みのためとは言え、そういう発言は恐怖でしかないわ」

「本当に悪かったよ」

「ふん。瑞斗君がそんな愚かな男子でないことくらい、既に理解しているから許してあげる」

「本当? ありがとう、鈴木すずきさん」

「その代わり、次言ったら罰を与えるから」

「偽彼氏を辞めさせられるとか?」

「……あなた、それを罰だと思ってるのね」

「どういうこと?」


 玲奈は「分からないならいいわ」と呟くと、早くと急かすように座っているベッドをトントンと叩いた。

 それを受け、瑞斗は持ってきた乾きタオルの一枚を広げると、そっと彼女の前を隠すように掛けてあげる。

 余計なことを言ったお詫びではないが、これから濡れタオルで体を拭いていく以上、見えてはいけない部分が見えてしまわないとも限らないから。

 前は自分で頑張ってもらうとして、背中を吹いている間だけでも隠しておいてもらおうと思ったのだ。


「気が利くじゃない」

「まあね」

「じゃあ、拭く方も期待してるわよ」

「仰せのままに」


 風呂桶の中に浸しておいたタオルを取り出し、丁寧に絞って水を切る。

 それから正方形に折り畳むと、「いくよ」と声をかけてから撫でるように体をぬぐい始めた。

 首から肩にかけて、肩から背中にかけて、背中から腰にかけて。拭き足りない部分のないよう何度か繰り返し、最後にもう一枚の乾きタオルで肌の上の水滴をトントンと取って終わり。

 アニメで予習しておいてよかった。おかげで滞りなく良いサービスを提供出来た気がしている。


「出来たよ、前は自分でお願い出来る?」

「ええ、そこは頑張ってみるわ」


 そう言いながら、再び浸して絞ったタオルを受け取った彼女は、瑞斗が背中を向けているうちに前側を吹き終えてくれる。

 これで上半身は完了。新しい服に着替え、また代わりにボタンを留めてあげれば、残すは下半身を拭く工程だけだ。

 しかし、女子高生の下半身は絶対領域に近しい場所。よこしまな考えを持つ者が触れることなど許されない神聖なもの。

 瑞斗がさすがにそこも自分で……と思っていると、玲奈がおもむろにパジャマのズボンを脱ぎ始めたのを見て慌てて目をつむる。

 しかし、すぐに聞こえてきたクスクスという笑い声で恐る恐るまぶたを上げると、玲奈が面白いものを見たと言いたげにこちらを見つめていた。


「ふふ、このパジャマは裾が長いから下着まで見えないわよ」

「そういう問題なの?」

「あなた、確か太ももが好きだったわよね。拭いてくれたお礼に触らせてあげてもいいわよ」

「……ほんと?」

「ただし、タオル越しだから」

「十分でございます」


 下着が見えそうで見えないギリギリのラインから伸びる健康的な生脚。

 彼はその光景に少しだけ伸びた鼻の下を隠しつつ、あくまでも紳士モードを貫こうとしていた。

 背中を拭いた時と変わらない手順でタオルを用意し、深呼吸をしてから左太ももへとゆっくりタオルを当てる。

 女子高生の太ももをタオル越しにでも感じられることはご褒美だが、一線を越えるようなことをして信頼を失うわけにはいかない。そう意気込んでいたというのに。


「……んっ」


 太ももの内側へとタオルを滑らせた瞬間、玲奈の口から僅かに漏れた艶かしい声のせいで、強固だったはずの理性の端っこに小さな傷が入ったことは言うまでもない。

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