第34話 修羅場ニアファミリー

姉川あねかわ、どういうことか説明しろ」


 そう言いながら詰め寄ってきた奈月なつきの目には、困惑の他に怒りも混ざっていた。

 それはそのはず。つい先日花楓かえでと付き合っていると偽報告を受け、そうであると信じ込んでいるのだから。

 彼女にとって瑞斗みずとは自分の友人の彼氏であり、浮気をした悪いやつという印象なのだろう。

 地味でぼっちで浮気とは、デブブスメガネに次ぐ新世代の嫌われ三銃士の集結かもしれない。


鈴木すずきと付き合っておきながら、花楓とも付き合ったのか? そうだとしたら、あまりに可哀想すぎると思わないか」

「いや、その……」

「花楓から聞いたお前のいい所ってのは上っ面だけだったのかよ。あいつを任せるにふさわしいと判断した私が馬鹿だったってことか?」

「奈月さん、話を……」


 彼女は花楓が傷付けられたと思って、心の底から怒ってくれているのだろう。

 もちろん他のクラスメイトたちは花楓の恋愛事情を知らないため、突然何が始まったのかとざわついている。

 そんな彼らを圧倒するほどの怒涛の責めに、瑞斗が口を挟めないで困っていると、こちらへやってきた真理亜まりあが間に入って止めてくれた。


「あのさ、言わなきゃいけないことの続き話すね」

「真理亜、後にしてくれ。今はこいつから本当のことを聞き出す必要が―――――――――」

「マリー、彼氏なんて居ないの」

「……は?」

「全部嘘でしたって一言で片付くわけないって分かってる。でも、伝えるなら今しかないと思ったから」


 彼女はわざと廊下にまで聞こえそうな声でそう言うと、少し離れた場所でオロオロしていた花楓に視線を送る。

 瑞斗が詰め寄られても怖くて踏み出せないでいた彼女のために、真理亜が先に走り出してくれたのだ。

 おかげでようやく勇気が出たのだろう。その背中を追いかけるように足を前へ進めると、同じく瑞斗を庇うように立ちはだかって奈月を見つめた。


「私も言わなきゃいけないことがあるの」

「な、なんだ?」

「みーくんと付き合ってるっていうのは嘘なの。話を聞いてなくて、気が付いたら彼氏がいることになってて……助けてもらっただけなの!」

「じゃあ、私たちを騙したってことか?」

「っ……嫌われたくなくて……ごめんなさい……」


 友人二人から予期せぬ告白を受けた彼女は、きっと想像も出来ないほどに困惑していただろう。

 自分は真実をどう受け止めればいいのか、短い時間でも何度も自問自答したに違いない。

 怒られても仕方ない。そう覚悟した花楓はギュッと目を閉じた。……が、返ってきた答えは想像よりもずっと優しいものだった。

 奈月はそっと伸ばした手を彼女の頭に乗せると、優しく撫でながらホッとしたような表情で呟く。


「嫌うわけないだろ、馬鹿なヤツだな」

「……許してくれるの?」

「許すも何も、私は怒ってすらないぞ? 姉川がお前を傷つけていないと分かって喜んでるくらいだ」

「な、奈月ちゃん……うぅ……」

「泣くな泣くな。きっと真理亜が質問攻めしたから取り返しがつかなくなったんだろ。少し考えれば見抜ける嘘だった」

「え、マリーのせい?!」

「当たり前だ、お前のも嘘だったわけだしな。まあ、花楓を守ったことに免じて罪は軽くしてやってもいいが」

「免罪とまではいかないの……?」

「残念だが」

「そんなぁぁぁぁ!」


 可哀想なことに二人分の十字架を背負わされることになった真理亜は、後ろ首を掴まれて奈月に引きずられていく。

 彼女たちが離れたことで瑞斗と向かい合うことになった花楓はと言うと、モジモジした様子から何かを決心したように頷いて顔を上げた。


「みーくん、巻き込んでごめんね」

「いいよ、穏便に解決したみたいだから」

「でも、先に謝っておかないと」

「何を?」

「これからもっと巻き込むことになるから」


 そう言いながら体を前に傾けた彼女は、咄嗟に腕を出して受け止めた瑞斗の胸に顔を埋める。

 一向に離れる気配のないので、具合でも悪いのかと心配そうに覗き込もうとした瞬間、思い切ったように背伸びをした花楓の唇が彼の右頬に触れた。

 これが花楓が今出来る全力の愛情表現であり、鈴木すずき 玲奈れいなへの堂々たる宣戦布告である。


「花楓、これはどういう……?」

「私の好きって気持ちは偽物じゃなかったってことだよ。幼馴染なんだから、それくらい察して欲しかったのに」

「もちろん嬉しいけど、僕には鈴木さんが……」

「分かってる。だから謝ったの」


 瑞斗から離れて玲奈と正面から向き合った花楓の言葉に、修羅場を感じ取った教室内の体感気温が僅かに上昇したのであった。


「私のことを好きになってもらうためなら、もう手段を選ぶつもりなんて無いから」

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