第33話 明日があるなら人はまだ変われる

青野あおの君の言っていることは嘘じゃない。だから、謝ってもらえるかしら」


 玲奈れいながそう言うと、彼に詰め寄っていた生徒たちが弱々しい声で謝りながら下がっていく。

 青野からすれば真実を暴露してめちゃくちゃにしてやろうと思っていた相手に助けられたのだ。複雑な気持ちに違いない。

 そう思って彼の顔を見た瑞斗みずとは、先程までの強気な姿勢とは正反対の弱った表情に、思わず「ちょっと大丈夫?」と駆け寄った。


「……俺はダメな人間だな。酷いことをした相手に背中を撫でられても、それを振り払うほど嫌な奴を貫けないなんて」

「貫く必要なんてないよ、途中からでもいい人にはなれる。そうじゃなきゃ、罪人は全員死刑になってるはずだから」

「そう、なのかもな」


 短くため息をこぼした青野は俯いたままそう呟くと、まるで独り言のように思い出話をぽつりぽつりと語り始める。

 それは今からちょうど一年ほど前のこと。今のような性格ではなかった彼は当時、上級生からいじめられていた。

 その日もいつも通り自腹でジュースを買いに行かされていたのだが、曲がり角で偶然ぶつかった女の子に言われたのだ。


『炭酸、振っちゃいなさいよ。きっと面白いものが見れるわ』


 自分よりも背が高く力も強い相手に抗うことに怯えていた青野は、見ず知らずの彼女の言葉に頷くことは出来なかった。

 しかし、何食わぬ顔でペットボトルを奪い取った女の子はこれでもかと言うほどに振りまくり、返すと同時に背中を押す。


『覚悟は用意してあげたわ、あなたは足を動かすだけでいいの。それくらいなら出来るでしょう?』

『で、でも……』

『いざと言う時は私が助けてあげるわよ。何なら代わりに殴られてあげてもいいわね』

『それはダメだよ!』

『……あなた、ちゃんとダメって言えるじゃない』


 その女の子は覚えていなかったらしいが、それが青野が初めて玲奈と出会った日だった。

 その後、彼は吹き出した泡で大変なことになった上級生たちにボコボコにされたらしいが、その瞬間を通りかかったお巡りさんが発見。

 学校と保護者に連絡が入り、全員が退学処分。結果的に青野は、玲奈のおかげで救われたのだ。


「あの日からずっと、強くならないとって思ってたんだ。鈴木すずきさんみたいに、誰かを守れる強い人間になるべきだって」

「青野くん……」

「……俺、どこでおかしくなったんだろうな」


 花楓かえでに手を出すことをほのめかす発言をしたことも、殴られたこともまだ許していない。

 けれど、後悔の色が滲んだ今の彼の瞳になら、同情の余地があると思えた。


「姉川にはたくさん嘘をついた。けど、鈴木さんへの告白にはひとつも嘘はないんだ」

「うん、分かってるよ」

「お前よりも幸せにする覚悟があることも、俺の方がいい男だって自信を持っていることも、全部本心から出た言葉だった。悔しかったんだ」


 青野は僕の胸ぐらを掴むと、強く引き寄せながら絞り出すような声で「でも、もう諦めがついた」と真っ直ぐに見つめてくる。


「鈴木さんがお前を選んだなら、俺はそれを祝福する強さを手に入れなきゃならない。そのことをようやく気付かされたよ」

「そうだね」

「ただ、勝った気にはなるな。姉川が彼女のことを疎かにすれば、俺は少しばかり自己中心的になる」

「肝に銘じておくよ」


 瑞斗からすれば全て偽彼氏の一環でしか無いのだが、これだけ注目されていてそんなことが言えるはずがない。

 なので、その場しのぎだとしても力強く頷いておくと、青野も満足そうに笑顔を見せた。

 そして「邪魔して悪かったな」と言い残すと、彼の横を通って立ち去ろうとして――――――――。


「花楓ちゃんとのデートのこと、誤解のないように説明しておけよ。託した男が3日で振られるのなんて見たくないからな」


 瑞斗にだけ聞こえる声量でそう囁いてから、足早に教室から立ち去っていく。

 トラブルの元凶が消えた今、クラスメイトたちの注目は続々とゴシップ真っ只中の新カップルに向けられ始めた。

 しかし、その中でも真っ直ぐに通った奈月なつきの一言によって、全員が同時に振り向くことになる。


「姉川、どういうことか説明しろ」

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