第13話 危険な狼にご用心

「あの、青野あおのさんですか?」


 桜の木の近くに居た男子高校生に声をかけると、彼はゆっくりとこちらを振り返りながら怪訝な表情を浮かべた。

 そして、「そうだけど、君は誰だい?」と首を傾げつつ、探るような目で瑞斗みずとの足元から頭までを見てくる。


「えっと、僕は……」


 いきなり彼氏だと伝えていいものかと迷っていると、本人確認を終えて安心したのか玲奈れいなが話に入ってきた。


「青野君だと分かれば話は早いわ」

「これはこれは、鈴木すずきさんじゃないか。俺の呼び出しに応じてくれたんだね」

「他校に手紙を届けてくれたくらいなんだもの。答えがどうであれ、気持ちを無下にはしない主義よ」

「……ん? 答えがどうであれというのはどういうことかな」

「見れば分かるでしょう?」


 眉をピクリさせる青野に、玲奈は隣に立っていた瑞斗へ肩をくっつけるようにしながら「今、デート中なの」と答えて見せる。

 告白を断るのが辛いと言っていた割には、随分と冷たくあしらっている気がしなくもないが、彼女らしいといえば彼女らしいのかもしれない。

 瑞斗はそんなことを思いながら、「そうよね?」という問いかけに無言で頷いた。


「なっ?! 鈴木さんに彼氏がいるなんて聞いたことないぞ!」

「誰にも教えたことが無いもの。あなたが最初よ、光栄に思うといいわ」

「嘘だ嘘だ! こんな地味な男より、俺の方がずっと君の彼氏に相応しいに決まってる!」

「はぁ、面倒臭い人ね」


 彼女の言う通りだ。手紙まで書いて先に待ってくれていたから、てっきり誠実な人なのかと思っていたが、本性はむしろ正反対のわがままナルシスト。

 玲奈だけではなく、瑞斗もすぐにこの場を去りたいという顔をしていたが、青野はそんなことも気にせずに自分のいい所を熱弁し始める。


「俺の家は金持ちだ、君に苦労はさせない。それに顔だっていいだろ? その地味男みたいに隠さずとも、みんなに自慢出来るぞ?」

「悪いけれど、あなたに興味が無いの。大人しく諦めてくれれば、少しは見直すかもしれないわよ」

「そ、そんな男のどこがいいんだよ!」

「答える義理なんてないから。ほら、行きましょう」


 ぷいっと顔を背けて、いかにも恋人っぽく腕を組みながら二人で歩き出す玲奈。

 いくらしつこい相手を諦めさせるためとは言え、彼女の顔は罪悪感みたいなものに少し歪んでいた。

 だから、背後に取り残された青野を気にする余裕がなかったのだろう。彼の動きに気付いていたのは、おそらく瑞斗だけだったはずだ。


「俺が振られた? ありえないありえないありえない、俺を振るお前の方がおかしいに決まってる!」


 ブツブツと独り言を呟いていた彼は、こちらへ向かって歩き始めたかと思えば、突然走り出して突進してくる。

 瑞斗が咄嗟に玲奈の背中を庇ったおかげで怪我させずに済んだが、直後に振りかぶられた拳が彼の右頬へ勢いよくぶつかって転んでしまった。


「っ……ちょっと、普通に痛いんだけど」

「邪魔するな、地味男。お前なんてどうせすぐに飽きられる、今のうちに俺に渡しておけばいいんだよ」

「渡すって、人間は物じゃないんだよ?」

「それはお前みたいな凡人の話だ、女の子はみんな俺に惚れる。そして言うんだ、『私を青野君のものにして』ってな」

「いや、どこの少女漫画なの」


 そんな現実離れした話、顔の3分の1を目が占めているような漫画でしか聞いたことがない。

 もしそれが本当の話なのだとすれば、彼女たちは男を見たことがないか、もしくはよほど見る目がないのだろう。

 だって、瑞斗は自分が女の子だったとしても、この青野という人間を好きにならない自信があったから。


「地味男には分からないだろうが……って待て。鈴木さんはどこに行った?」

「え? さっきまで僕の後ろにしたけど……」


 その言葉でハッとした瑞斗は、振り返っていた顔を彼の方へと向けて再び同じ反応をした。

 それによって何かを感じ取ったのだろう。恐る恐る視線を後ろへと向けた青野は、目の前まで迫っていた革靴に情けない叫び声を上げる。そして。


「私、護身のために空手を習ってたの。あなたみたいなのがウヨウヨ寄ってくるから」

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

「今のが私の彼氏を殴った罰ね。次が私の彼氏を侮辱した罰で、その後は―――――――――」

「ごめんなさいごめんなさい、もう二度とこんな真似しませんからぁぁぁぁぁ!」


 渾身の回し蹴りで軽く吹っ飛んだ彼を冷ややかな目で見下ろしながら、次の攻撃に備えて数メートルほど助走を取ると、青野は恐れを為して慌てながら走って行ってしまった。


「ほんと、情けない」


 守ることしか出来なかった自分よりも遥かに華麗な姿に、固まったまま動けないでいる瑞斗が思わず「おお……」と声を漏らしたことは言うまでもない。

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