第12話 知らない人に声をかけるのは勇気がいる
妹にプリン、母親に
伝える必要なんて無いし、罪悪感を覚える必要なんてサラサラ無いはずだと言うのに、不思議と良心がズキンと痛んでいる。
きっと、何も知らない彼女のアホっぽい笑顔と、「一緒には帰れない」と伝えた時の悲しそうな目のせいに違いない。
「ごめん、お待たせ」
「約束の時間までまだ少しあるから気にしないでいいわ。女の子とイチャついてただけだとは思うけれど」
「別にイチャついてないよ、絡まれただけ」
「そう。念の為確認しておくけど、あの子のことが好きだったりしないわよね」
「好きだったら何か問題があるの?」
「偽とは言え、恋人を演じてもらうんだもの。いくらあなたと約束したからって、私だってそれくらい気を遣うわ」
「安心していいよ。僕は色恋沙汰に興味無いから」
「……ふーん。だったら、今日一日は遠慮なくこき使わせてもらうわ。覚悟しておきなさい」
「どうぞ、ご自由に」
淡々とそう返した瑞斗に、玲奈は時計を確認しながら「そろそろ出発よ」と歩き出しつつ告げた。
それから数分歩いて辿り着いた場所は、学校から少し離れた公園。時々近隣の住民が子連れで遊びに来る程度で、普段はほとんど人がいない。
ただ、大きな桜の木が一本立っており、その下で告白すると成功しやすいという逸話があるんだとか。
瑞斗の予想では、告白すると成功しやすいのは、そういう雰囲気の場所であることから受け入れる気のない人のいくらかがそもそも呼び出しに応じないからではないかと言うのが最も有力な説だ。
他にも、心の準備をする時間があるとか、色々と残酷な予想が出来る。彼は桜の木の迷信を信じるほど幼くもないし、受け入れるほど大人でもないから。
「相手さんの顔は分かるの?」
「いいえ、置いてあったのは手紙だけだもの」
「名前は?」
「それなら書いてあったわ。
「青野ね。あそこにそれっぽい人がいるけど、名前を確かめてみる?」
彼がそう言いながら桜の木の傍に座っている男子高校生を指差すと、玲奈は頷きかけた首を止めて少し視線を下へ向けた。
それからコホンと咳払いをしたかと思えば、「
「どうして僕が?」
「違ったら面倒じゃない。それに、こき使わせてもらうって言ったわよね?」
「あくまで彼氏としてだと思ってたんだけど」
「彼氏なら彼女のお願いくらい聞きなさい」
「だったら正式にお願いして。僕、可愛くオネダリされないと聞かない主義だから」
「そんなの、今取って付けた主義に決まってるわ」
「お願い出来ないなら、僕はこの役目も降りるよ?」
瑞斗が「僕にそんなにはっきり言えるなら、断る言葉も言えるでしょ」と背中を向けると、2、3歩進んだところで手首を強く掴まれた。
だが、ようやく素直になったかとしてやったり顔で振り返った彼は、予想以上に弱々しい玲奈の瞳にかける言葉を失ってしまう。
ほんの少しだけ、上から目線を反省させようと意地悪を言ったつもりだったと言うのに、思っていたよりも傷つけてしまったようだ。
「……」
「えっと、お願いする気になった?」
「……なってない」
「それなら僕は動かな―――――――」
「お願いはしないけどやりなさい。言うこと聞かないと承知しないわよ」
いつも通り高慢で高飛車な高嶺の花。でも、普段以上に鋭い視線には彼女の頑固な脆さが滲んでいて、これ以上抵抗する気にはなれなかった。
「わかった、行ってくるよ」
「初めから従えばいいのよ、バカ」
「バカで悪かったね。悪口に満足したら、ここで大人しく待ってて」
この時、瑞斗が男子高校生の元へ向かう直前に渡したハンカチを、玲奈が嬉しそうに胸元でそっと握り締めていたことを彼は知らない。
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