第11話 高嶺の花でも友達は欲しい

 話だけは聞くと伝えたことで『協力者』と認めてくれたのか、玲奈れいな瑞斗みずとに腰を下ろすことを許してくれた。

 そしてゆっくりと落ち着いた口調で、彼が理解しているかどうかを確かめながらするべきことを話していく。


「月曜日の放課後、他校の男の子に呼び出されてるのよ」

「それはまたモテモテだね」

「からかわないでちょうだい」

「ごめん」

「まあ、いいわ。あなたにはその日、その人の前でだけ彼氏だと宣言してもらいたいの」

「つまり、一日彼氏ってこと?」

「一日どころか、早ければ5分で終わるわね」


 偽彼氏だなんて聞いていたから、もっと長期的な何かを要求されるのかと思っていた彼は、それなら断る必要は無い気がしていた。

 たった一日だけ、おまけに偽彼氏を演じる相手は他校の生徒で、絶対に自分の顔も名前も知らない。

 それはつまり、花楓かえでへの迷惑という一番の懸念材料が消えたということ。

 自分が困っている人を見捨てるというモヤモヤを抱えないためには、尚更断るという選択を選ぶ理由が減ったのだ。


「でも、たったそれだけでいいの?」

「ええ、その後のことは何とかする策があるから。見返りは出来るだけ弾むわ」

「見返りなんていらないよ。見捨てると寝つきが悪いって思っただけだから」

「……あなたのそういうところ、私結構好きよ」

「それはどうも」


 もうほぼ返事をしたようなものではあるが、瑞斗は玲奈の方へ顔を見けると、改めて「偽彼氏、やってあげる」と力強く頷いて見せた。

 この作戦が成功すれば、自然と彼女には誰だか知らないが恋人がいると言う噂が広まって告白に悩まされることも減り、自分は気持ちよく眠れる。

 そう頭の中で考えた彼は、いくら自己満足のための手助けとは言え、ここまで利益に差があると気を遣わせかねないのではと思い直した。だから。


「あ、やっぱり報酬貰ってもいいかな」

「何か欲しいものでもあるの?」

「いや、僕の席の近くでたむろするのはやめて欲しいなって」

「人の太ももをガン見しておいてよく言えるわね」

「太ももは誰でも見るよ。たとえ、相手が霊長類最強の女子高生だとしてもね」

「ふーん。私だからってわけではないのね」

「それは自意識過剰だよ」

「……ムカつく。でも、考えておくわ」


 「ただし、成功報酬よ」と言いながら、さりげなくスカートの裾を正して太ももを隠す彼女に、瑞斗が心の中でため息をこぼしたことは彼だけの秘密である。

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 作戦のためにとRINEを交換してから別れた二人。「絶対母さんに怒られるよ」と肩を落としながら帰っていく瑞斗の背中を見送った玲奈は、『新しい友達』の欄に追加されたアカウントを見つめていた。


「……ふふ、ついにやったわ」


 これまで何十人もの男から連絡先を聞かれ、それらを徹底的に断ってきた彼女は、皆からその容姿と性格からカースト上位の存在として敬われている。

 そのせいで下心の無いクラスメイトなどは連絡先を聞くのも躊躇うようで、アカウントを知っているのは親友の彩月さつきの他には家族のみ。

 ずっと欲しかったのだ、こちらに好意を寄せておらず、自分を見上げたりしない彩月のような対等に接してくれる相手が。

 玲奈にとってその最有力候補だったのが瑞斗だった。彼なら思ったことを思ったように話し、思ったように聞いてくれると信じられたのだ。


「利用したようで悪いけれど、このチャンスはものにさせてもらうわよ」


 拳を握り締めながら呟いた一言を、犬の散歩をしながら通り過ぎたおばちゃんにクスリと笑われ、彼女がその場を急いで立ち去ったことは言うまでもない。

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