『勤続40年』

石燕の筆(影絵草子)

一話目

尾美は、40年勤めあげた会社の玄関に立ち、見上げる。

太陽が眩しい。


目を細めながらため息をひとつ、つく。

今日、私はこの会社を退職するが、


この会社に私は貢献できただろうか。


それだけが心配だ。


ただ、自分はこの経済大国日本で生まれいわゆる団塊の世代だが、

集団就職の波に乗り、田舎から上京して来て、今に至る。


あんなに黒かった髪の毛もすっかり今ではごま塩頭である。


そして、私は自分の席に座り、何をするでもなく窓の外を眺める。


通り過ぎる人は薄情で挨拶ひとつしない。


『全く今時の若者は』と毒づく。


窓の外は、一面の青空だ。


『今日もいい天気だ。仕事をするにはうってつけじゃないか』


意識が遠退く。


男が一人、ビルの前に建っている。


今日で、私は、

勤続40年勤めあげた会社を退職する。


階段を一段ずつかみしめて上っていく。


すれ違う社員は挨拶ひとつしない。


『全く今時の若者は』と毒づく。


席に座り、窓の外を見る。


『今日もいい天気だ。仕事をするには』


机には花瓶にさした花が生けられている。


それは、菊の花である。

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『勤続40年』 石燕の筆(影絵草子) @masingan

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