筒井の想い

それから2か月、彼女はまた学校に来なかった。

あの時の出来事は、誰にも話していないし、誰にも話せなかった。

普通に起きて、普通に食事して、普通に学校に行って、つまらない授業を受けて、帰ってきて寝る。代り映えのない日常を過ごす中で、僕の中にある藤代紗世に対しての思いが少し変わった。たぶんそれは、最近、夜になると下半身が急に熱くなりだすのと、関係しているのだろう。

もっと彼女のこと知りたい。もっと彼女に触れたい。声が聴きたい。

どうしても眠れないときは、ソレを慰めることもあった。記憶は無くても、体が彼女のことを覚えている。彼女を欲している。

いつしか僕の足は、再びあの場所に向かっていた。


藤代の家の階でエレベーターを降りると、藤代の家から誰か出てきた。

「サヨちゃん、ありがとね」

高校生だろうか、チャラそうな男が玄関から見送る藤代にキスをしていた。胸の痛みでうまく呼吸ができなくなる。

「柴田さんもありがとう」

すると、シバタと呼ばれた男がこっちに向かってくる。

すれ違う瞬間、シバタと目が合った。けど、すぐに目をそらして何もなかったように、僕が乗ってきたエレベーターに乗っていった。

「久しぶりだねユウトくん」彼女が僕の名前を呼んだ。

「せっかくだからさ、上がって行ってよ。あ、心配ないで、この間みたいなことはしないから」

「……じゃあ、遠慮なく」そう言って、彼女の家に上がった。

久しぶりに入った彼女の家は、相変わらず殺風景だった。

「本当に何もない部屋だな」少し鼻につくにおいがする。

「臭いけど気にしないで」困った顔で笑った。それで、悟った。

「まさか、ヤったのか、あの男と」

信じたくない。

「うん。そうだよ」彼女は、否定しなかった。

「な、なんでだよ!なんで、お前がそんなことをしなききゃいけない」

学校に行かずに、男を家にあげて、行為をして、なんで平気でいられるんだ。

「満たされるの。私のこころに空いた穴が埋まるの。私はいままで、自分という存在があやふやで、不安定に感じていた。でも、男の人とつながったとき、男の人が私に縋る姿を見たとき、はじめて、私が私になれた気がした。だから、私はやめられない」

歪んでいるでしょう?と彼女は自嘲気味に話す。

「私は、綺麗じゃないの。この間でわかったでしょ。さあ、もう、帰った方がいいわ。あなたまで歪んでしまう必要はないの。私は綺麗な世界だけをみてるユウトくんがいいな」

僕の背中を押して、部屋に上げたばかりの僕を帰そうとする。僕は振り返り、彼女の手を取る。

「違う、藤代は綺麗だ。誰よりも。……なんで、なんでだよ。僕じゃダメか?僕が、頼りないからか。確かに、僕は頼りないし、かっこよくもない。でも、誰よりも藤代を見てきた。」

「誰だって変わらないわ」冷たく言い捨てる。

「一人じゃちょっと、心細いだけ。誰かと関係を持って、お金をもらえればそれでいい」

「僕とそういうことをしたのも金をとるためか」

「違うわ!」彼女が声を荒げた。

「……あれは、ほんの気紛れ。お金が欲しかったとかじゃない」

__今からじゃ間に合わないのだろうか。

「けど、もういいの」

__彼女のうちにあるものを背負えないのだろうか。

「だって私、この町を出るから」

__嫌だ、聞きたくない。

「だから、ユウトくんとはもう会えない」

__ああ、本当に遅かったのだ。あと数年、彼女と知り合うのが早かったら、彼女のことを引き留めることができたかもしれない。

「そうか。……でも、今ここで、関係を求めたらさっきの男と同じだな」

「……うん」

「僕、もっと藤代のこと知りたかった。どんな食べ物が好きで、どんな色が好きで、音楽は何が好きで、苦手なものは何で、そんな学生同士がするようなことが知りたかった」

そう、本当に知りたかった。好きだって想いを伝えて、もし恋人同士になれたら、デートをして、手を繋いで、それからキスをして、大人になりたかった。

「紗世って呼んで。今から話せる限り話してあげる」

彼女が僕の肩を押してソファーに腰を下ろした。

「でも、もう一度、あなたとシたい」僕の首に手をまわす。

「大丈夫。あの人と同じになんてならない」彼女の言葉が僕の頭の中で甘く響く。

「でも、僕何の経験もないし、さ、紗世のことを満足させれないかも……」

「大丈夫。私が全部教えてあげる」そのまま、優しくキスをしてきた。

「唇を開けて、そして私の舌にユウトくんの舌を絡めて」

彼女の言われるままに、僕は舌を絡める。

__そのまま、私の服を脱がして。ユウトくんの服は、私が脱がすから。

耳元で甘く囁く彼女の声が、俺の理性を甘く痺れさせる。


__胸に触れて。たまには、先にも。

__うん、上手。

__さっきから、何もしゃべらないね。息荒いよ。

__次は何をしようかな。

「ん、んん。……ああ、あ……っああ」

体がいうことを聞かない。さっきから、彼女に言われるがままにしてしまっている。彼女は、反り返っている僕のモノを口で咥えて、左の手は、玉を擦っている。

突然、体の中を突き抜けるナニカを感じた。……僕は、これを知っている。この年齢にもなれば、どんな男子も一度はしたことがあることをした時のモノだ。

「さ、さよ……待ってくれ、それはッ」

「大丈夫抗わないで、受け入れて」……そして、僕はその言葉に従うように、彼女の口の中に吐き出した。

快楽の波の跡に来る虚脱感にさいなまれていると、彼女はベットサイドに置かれているティッシュを抜きとって、口に溜まっているものを移していた。

「あ、飲んでほしかった?」

ふと、目が合った彼女がおどけた顔で聞いてきた。

「え、いや、そういうことじゃなくて……」いや、ちょっと残念な気はしたが。

「次は飲んであげるね」その考えを読み取ったのか、彼女は笑って約束してくれた。


「……はぁ。……はぁ……紗世、次はどうしたらいい?」

その後もいろんなことを教えて貰った。どうしたら、相手が悦ぶのか、どうやったら、相手の主導権を握れるのか。それでも、まだ、繋がっていない。

「うん。もう、次に行ってもいいのかも」そう言って、彼女は足を広げた。

彼女の楽園への入り口が目の前に曝け出された。その行為に僕は次に何をするのかを悟った。

__次はね、腰を上げて。

優しい声で俺を呼ぶ。

__ゆっくり、体を沈めるの。……そう、そんな感じ。

ハジメテのことへの期待が鼓動を早めているように感じる。が、どこかでその線を越えてしまったら、彼女との関係が終わってしまうような不安が広がる。

「大丈夫。終わらない」彼女が耳元で囁いた。

「紗世はユウトくんのもの。ずっと一緒にいるから」蜂蜜以上に甘く、絡みつくような声が、僕の思考を鈍らせていく。

「……本当?」その声に縋るように呟く。

「ホント」

彼女の首筋に頬を寄せていたから彼女の顔を見ることはできなかったが、この時きっと彼女は笑っていたと思う。

「好きだ。紗世」熱く溶けそうな中に埋めた俺が言った。

「……」

「好きなんだ。一年の頃から、ずっと好きなんだ」

「……」

「好きだ、好きだ。……好きだ」うわ言のように繰り返す。

「……」目を伏せたまま何も言わない。

ずっと、好きだった。彼女の雰囲気も、絵の世界観も。すべてが憧れで、好きだった。彼女の世界に触れたかった。僕の妄想だけで作り上げていた彼女は人間味がないくらい神々しい存在だったけど、現実の彼女はもっと人間味があった。僕は彼女の歪んでいる部分もすべて受け入れたい。__愛したい。

熱く絡みつくナカでゆるゆると僕が体を動かす。その最中に彼女は僕に何かを言おうとしたが、開いた口をまた閉じてしまった。

「っ紗世」波が来た僕が彼女に求める。

「うん……。いいよ、そのまま出して」名前を呼ぶだけで何を求めているのか分かった紗世が許可を出す。

僕はそのまま、激しく腰を振って彼女への想いをすべてぶつけた。

「は、はぁ。……はあ」

「お疲れ様ユウトくん」

「……紗世」

__好きだ。どうしようもないくらいに。

けど、彼女は僕に答えてくれない。分かっていた最初から、彼女は僕の気持ちに答えてくれないことなんて。けれども、この溢れてくる思いを言葉にしないことはできない。

「ユウトくん」彼女が優しく呼ぶ。

「なに?」

「ユウトくんだけは、私のことを忘れないでね」彼女の細い指が、僕の手に触れる。

「ああ、忘れない。永遠に僕は加代のことを忘れない」

彼女の目を見つめて、その手を握り返す。すると、彼女が笑った。初めてみた、彼女の心からの笑顔だった。僕は、その笑顔をしっかり目に焼き付けた。

「Iru jhw ph qrw.」と彼女が、小さく呟いた。

どうしたのと問えば、「うん、ユウトくんが私のことを忘れないようにって、おまじないをかけたの」と答えた。

彼女が一瞬悲しげな表情をした。でも、すぐに笑顔になって「おなか空かない?私もうペコペコで」と言ってきた。

「うん、確かにおなか空いてきたかも」

「じゃあ、オムライス作るよ。ふわふわでとろとろの」そう言って彼女はまた笑った。


その後は、ふわとろオムライスを食べながら、彼女としたいと思っていた他愛もない会話をすることができた。好きなこと、嫌いなことたくさん話すことができた。その中で、彼女は僕に聞いてきた。

「ユウトくん、部活動中に私の絵を描いていたでしょ」

僕はオムライスを食べる手が止まってしまった。

「……ごめんなさい。描いていました。不愉快でしたか」

「ううん。違うの。私、ユウトくんの描いてくれた私の絵を見てみたいなと思って」

「み、見せれないよ。恥ずかしいよ」

「わかった。見せてくれなくてもいいから、どこにあるか教えてほしいな」

教えたら絶対開けて見られることはわかっているので、教えないでいようと思った。

「……部室の個人ロッカー」

彼女の目に見つめられてしまうとつい答えてしまった。

「教えたけど、ぜったいに見ないでください」

「うーん。どうしよかな」

絶対見られる。僕は肩を落とした。


「今日は来てくれてありがとうね」玄関で彼女が見送りに来た。

「こんな遅く返して、お母さんは心配してないかな」時計を確認した彼女が心配する。

「大丈夫だよ。今日はお母さん遅いから」

「よかった」彼女が頷く。

名残惜しい空気が生まれたところで、話を切り出してみる。

「僕、紗世が好きだよ。さっきは、はぐらかされたけど、紗世のこと絶対に幸せにする」

彼女は、何も答えなかった。時折、何か答えようとして口を開くが、何も言わなかった。

「……なら、僕次に紗世に会った時に聞くから」

何も言わない彼女に耐えかねた俺は、そう提案した。

「うん」と頷いてくれた。暗い表情をしていて、悪いことをしたなと思った。

「じゃあ、またな」そう言ってエレベーターの方へ駆け出した。

「うん、バイバイ」彼女も玄関から微笑みながら手を振ってくれた。返事はこの次に聞くことにしよう。

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