彼女の秘密

彼女に案内されたのは、学校から徒歩圏内にあるマンションの一室だった。

「どうぞ、あがって」

そう、促されて入った部屋は、ソファーとテレビと小さいテーブルがあるだけの、あまり生活感のない部屋だった。

「お邪魔します」

あまりにも何もなくて棒立ちになっていると「ソファーに座っていいよ」と言って、そのまま彼女は台所に向かう。

僕はソファーに座ることにした。部屋を見渡すと、扉が2か所あった。あの部屋は、なんだろう。寝室かな。それとも勉強部屋かな。

藤代の家に来ちゃったなとそわそわして待ってると、制服の上着を脱いだ彼女が、缶ジュースを二つ持って現れる。

「炭酸は平気?」

「……ああ、大丈夫」

「どうぞ」そう言って、片方の缶ジュースを手渡す。

「ありがとう」と言ってジュースを飲むと彼女も隣に腰を下ろして飲み始めた。

会話の切り出し方がわからず、僕は缶ジュースをちびちびと飲み続けた。僕の缶の中身が半分くらいになったころに彼女が話し出した。

「筒井君に聞きたかったことがあるの。__どうして、こっそり私をスケッチしているの?」


僕は、缶のなかで炭酸がはじけるのを感じながら、なんて答えるべきか悩んでいた。まさか、ばれているなんて。当たり障りないことを言ってごまかそうと思って、彼女の方を見たら、目があった。彼女の瞳は静かに僕の真実を待っていた。

「藤代が綺麗だったから。描いてみたいと思ったんだ」

僕は、嘘をつかずに本当の気持ちを答えた。彼女の瞳が一瞬揺らいだようにみえた。彼女ははっとして、下を見つめて、そのまましばらく何も言わなくなった。


炭酸が缶に伝える振動が弱くなったころ、彼女は口を開く。

「ありがとう。でも、私は筒井君が思っているほど綺麗じゃない」

彼女の言った意味を理解できないままでいると、彼女が煽るようにしてジュースを飲んだ。僕の手を掴んで立ち上がる。

「こっち、ついてきて」

僕の手を引いて、奥の部屋に連れてこられる。入った部屋は寝室だった。綺麗に整えられたダブルサイズのベッド、そして横にはベッドライト。まるで、どこかのホテルの様だ。

仮にも中学三年生。案内された部屋が寝室だったなんて、良からぬ方に考えるに決まってる。

けど、相手は彼女だ。そんなはずがない。でも、まさか……。いやいや、そんなことない。

「藤代、これは?」

彼女の方を振り向くと、彼女が、僕の肩を押した。もたついた僕は、ベットに腰を下ろした。

「私が綺麗じゃないって証明してあげる。……大丈夫だよ。ヤリ方が分からなくても、私がリードしてあげるからさ」

僕のブレザーに手をかけ始めた彼女を俺は止めた。

「待てよ。僕は藤代の家に来たかっただけで……いや、それも違うけど……」

「……『私の家に来たい』それってこういうことでしょ」彼女との会話がかみ合わない。

「いや、違うよ。そういうことじゃない」

どうにか冷静に事態の把握をしようと試みる。

「僕は、藤代と仲良くなりたかっただけなんだ。藤代のことが知りたい。それだけなんだ」

「そう、なんだ……」彼女が急に考え込む。

そして、何かを決意してような表情をして、ベットに座っていた僕の肩をさらに押して、ベッドに倒して、彼女はキスをしてきた。

僕の唇に触れた彼女の唇は、とても柔らかくて気持ちがよかった。

そして、呼吸をしようと少し隙間が開いた空いた僕の唇に、慣れた様子で舌を入れてきた。突然すぎて頭が真っ白になる。

服もキスの最中にどんどん脱がされていく。ブレザー、ネクタイ、ワイシャツ。ズボンのベルトに手がかかった時には、僕はとっさに叫んだ。

「ちょ、ちょっと待って!」ピタリと彼女のキスと手が止まった。

「だから、僕は……」彼女の手が止まっている間にやめさせようとしたが。

「ウソ」と彼女が色っぽく笑った。

「筒井君、嘘ついている。だって下はこんなに素直だよ」

驚いて下を見ると、僕のモノは確かに主張をしていた。

それを彼女はいやらしく左手でなぞっていく。それの動きに合わせて、考える力が失われていく。

「筒井君……じゃないね、ユウトくんのココ気持ちよくしてあげる」

そう言ってまた、彼女は僕に大人のキスをした。それからのことは、わたあめのような時間だった。


次に意識がはっきりとしたときは、僕はベッドで寝ていた。しかも、一糸纏わぬ姿で。

彼女は、部屋には居なかった。妙な脱力感が、体を支配している。

首を横に向けると壁には僕の制服が、掛けられていた。

「あ、気が付いた?」Tシャツにハーフパンツというラフな恰好をした、彼女がドアを開けて部屋に入って来た。

「イっちゃった後、気絶してたんだよ。あ、ココア淹れてきたけど飲める?」

「うん、ありがとう」ベッドから起き上がって、彼女からカップを受け取ろうとした。……ん?イっちゃった?

彼女の年相応の無邪気な笑顔で気付かなかったが、今サラリとすごいことを言ったんじゃないか。

ようやく頭が覚醒したのか、自分の中で最悪の展開が目に浮かんだ。まさか、記憶のない中で最後までしてしまったんじゃ……。

「あはは。ユウトくん、やらかしちゃったって顔してる。心配しなくていいよ、最後まではしていないから」

慌てる僕を見て、彼女は笑って事実を教えてくれた。

「ユウトくんは、射精まではしちゃったけど、私の中ではしてないよ」

僕はまだ事実を受け入れられないまま、彼女からカップを受け取る。学校では、ほとんど接点がなくて、まともに会話をしたのは初めてなのに、なんでこんなことになっているんだろうか。

「わかってくれた?私が綺麗じゃないって」

彼女はまた、自分が綺麗じゃないと言う。そうだ、僕が彼女を綺麗だと言ってから突然こうなったのだ。

「今日、ここに来たのは、藤代とこういうことをする為じゃなくて、藤代のことを教えて貰う為に来たんだ」

「こういうこと」さらりとした表情で彼女は言いのけた。

「え?」僕は当惑した。

「え、いや……よくわかんない」

「え、わかんないの?」

彼女は、困った顔をした。

「うーん。じゃあ、結論から言うとね」ココアを一口飲んだ彼女が答える。

「私は誰とでも関係を持てるの」

彼女の言っている意味が分からなかった。ココアを飲みながら彼女は何食わぬ顔で言う。

「ハジメテは中一の時、相手は叔父だった。叔父は女の子の写真を撮るのが好きだったみたいで、ある日その流れで」

「やめろよ」彼女の言葉を遮った。

「悲しくないのかよ。なんで平気な顔をして言えるんだよ、虐待じゃないか!」

つい彼女に当たってしまった。けど、確かに苛立ったのだ。それは彼女に対してでもあるし、そんなことをする叔父にも。

「悲しくないよ」感情のこもっていない彼女の声が聴こえた。

「だって、誰だって変わらない。私も何も思わないし」

ココアの入ったコップを両手で回しながら彼女は言った。

「……じゃあ、僕とこういうことをしたのも」

「そう、ユウトくんが特別ってわけじゃないよ。分かったでしょ私のこと。……体辛いだろうから、お風呂に入ってから帰るといいよ」

そう言って、彼女は部屋から出て行った。

彼女の秘密を知ってしまった。なのにちっとも達成感が得られない。

起き上がっている気力の失せた僕は、もう一度ベッドに倒れこんだ。

スプリングの軋む音がする。

さっきまでこのベットで彼女と肌を重ねていたと思うと、なんだか悲しい気持ちになった。童貞を失えなかった悲しさとかではない。ただ、彼女との関わりがこんな形で出来てしまうとは、と思っただけだ。

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