第11話:真っ向勝負
――――所変わって、東部の国境。
アステラーナの部隊もタタラたちが開戦する前から龍族との睨み合いが続いていた。
こちらはタタラの中央部隊のいるところほど、地形が入り組んでいない。
セクバニアからすれば上り坂となっているため、迂闊な前進は部隊の損耗が大きくなる。かといってこのまま明け方になってしまえば、高所からの遠距離攻撃により部隊は壊滅するだろう。
そこで東部隊の隊長に任命されたアステラーナがとった行動はなんとも彼女らしかった。
「我が名はアステラーナ・ルトアンナ。貴殿らの中でもっとも強い龍との決闘を申し込む!双方にとって無駄に死傷者を増やしたくなくば、今この決闘を以てこの地における戦争の勝敗とするべく名乗り出た!」
自ら囮となる作戦。龍神王はともかく、他の龍ならば勝てると踏んだのだ。
これも四賢龍神を知らないがための事。
されど、今のアステラーナに油断はない。セクバニア中の名匠たちに作らせた鎧を身に纏い、その力はタタラたちと同じくローゼンによる身体強化の魔術"ユグレ・ウロオ"を身に受けている。常人では肉体が耐えきれず膨らみ狂戦士と化してしまう術を御しきる事で、龍神王と戦った時の数十倍にまで力は膨れ上がっている。
「とんだ大面で出て来たな小娘。貴様がこの軍を従わせる長というなれば片腹痛いわ。我らが龍王たちが出るまでもない。この俺が―――ッ!?」
アステラーナと比べ3倍にも及ぶ巨躯のリザードマンが巨大な戦斧を片手に彼女の言葉をかき消そうとしたが、倒れこむ音と土煙と共に、そのリザードマンは下腹への一撃で沈められた。
「これ以上文句あるやつはいるかしら。こいつのようになりたくなければ私の邪魔をしないでくださる?一番強いやつを出せって言っているのよ」
アステラーナの言葉で凍った空気を一瞬にして塗り替える殺気が空より訪れる。
鱗と鱗の間に雷が奔り廻る、四賢龍神が一角、雷龍ヴォルノーゲン。
「お前人間の女にしちゃあよくやるなぁ…気に入った。てめぇら人間が我が同胞たちに行った非道な行いは今でも許しちゃいねぇが…お前さんの男前さに免じて、この戦場の勝敗は俺たちの生死で決める。その条件を呑んでやるよ。人間―――っと挨拶代わりに拳かよ」
「この戦場の指揮官はどんな龍かと思ったら…名乗りもしない。おまけに龍だからって上から?ふざけんじゃないわよ。まずは名を名乗りなさい。それが戦い前における礼儀ってものよ」
アステラーナの拳はヴォルノーゲンの手でしっかりと握られ、今にも砕かれそうなほどに対格差は歴然だ。しかしヴォルノーゲンはアステラーナの拳に異様な硬さを感じていた。
握り拳とは握力があればあるほど、硬く密度を高められる。
今やアステラーナの握力は100㎏単位の岩を軽々と砕く力自慢のオーガンやプロメタルでも悲痛の叫びをあげるほどに力強い。
「チッ。無害な竜の子らを殴殺するような蛮族の癖にお堅いんだな人間ってのは…お前らのような下等生物に名乗る名などねぇよ。人間の中では強くてもなぁ…龍神族には敵わねぇんだよ…!」
ヴォルノーゲンはアステラーナの拳を握ったまま、力強く自陣のほうへと投げる。
空中では人間は無力だ。ヴォルノーゲンの雷のブレスがアステラーナへと襲い掛かる。
「これで死ぬんなら俺と同じ地面に立つ権利はねぇ」
夜空を照らす雷光。それは戦いの早々たる決着か。
「同じ地面に立つつもりなんて毛頭ないわ。私はアンタなんかで立ち止まってる暇はないのよ。…とっととアンタに膝をついてもらって無血停戦させてやるわ。私を前にして名乗り口上をしなかった非礼…身をもって味わってもらうわ。
空中から強烈な速度で飛来するアステラーナ。その拳は彼女に見合わない巨大な鋼鉄の手甲に包まれ、更にその周りを巨大な黒い玉で覆っている。
今こそ見せるはかつての
名を―――
「受けてやるよ!人間の貧弱な拳なんてなァ!―――グッ!?」
ヴォルノーゲンを吐血させ遥か先の岩へ叩きつける一撃。
伝播するように岩は轟音と共に砕け散り、リザードマンたちは驚愕の顔をしてたじろぎ始める。
「もう舐めたりしないわ。アンタたちが強いのはよーく知らしめられたもの。私はアンタが粉々に壊れるまで殴るのを辞める気はないから。」
崩れた岩の中からヴォルノーゲンは起き上がる。その顔には想定を遥かに超えたアステラーナの力に魅入られた様子が伺える。
「てめぇ…。さっきのはァ訂正だァ!お前は俺と同じ地面に立つ権利がある!存分に殺し合おうじゃねぇか人間の女!」
ヴォルノーゲンの鳩尾の鱗はアステラーナの破壊魔術により、砕けているが、体中を砕くには至っていない。
彼女に一寸の曇りはない。この場で勝ち、姉の犠牲を、龍神王の死を以て償わせるために。
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