第6話:狂乱せし者たち

「ミレハ王女…ローゼン王妃…そして酒場の皆様、この度は私情を絡ませ場を乱した事、心よりお詫び申し上げます!」

「いやいいんだよ騎士さん。君らも日々大変だろう。動乱の最前線にいるんだから憤りを感じる事なんて山ほどあるんだろうからよ。ま、酒飲んで忘れな!ここはそういう場だからよ」

 機嫌のいい中年男性は頭を下げているユクトワールをポンポンと肩を叩く。

「はい!しんみりは終わり!呑み直して呑み直して!また美味しいお酒頼んでね!」

「おうよ!王女様の仰せのままにッ!」

 お調子者のような青年がエールジョッキを空に掲げる。

 酒場は愉快な空気を取り戻し、あちこちでは笑い声が聞こえ始める。

 そこに水を差す怒号。ある者はうんざりするように顔を振り、またある者は声のするほうへ同じく怒号を飛ばす。

「お前らこんな世の中でいいと思ってるのかよォ!!」

 酒場の外から聞こえる若い声。

 突然の啓発運動か。しかし今の時間帯に行うものではないのは明らかである。

「セクバニアはソロモン様を助けなかった!こんな俺たちにでさえ優しくしてくれたあのお方を失ったこの国はもう抜け殻も同然だ!おまけにイシュバリアの魔女を娶って連れ子だと?ロアクリフ王も腑抜けてやがる!そうだとは思わないか?!」

 ユクトワールたちは酒場の前で集会を行っている男に目を向ける。

「そうだ!この国の騎士たちに私たちの命を任せられるものか!」

 武器と思わしき鉄の棒を振り上げる女。

「武器をとって戦おう!この国に革命を!!」

 男に続いて”革命を!”と連呼する群衆。その空気感は国への不満、憎悪そのものだ。

 現在の国を支持するものたちが鎮圧をはかるも武装した群衆は容赦なく民に危害を加えている。

 なれば今立ち上がるべきは他の民か。

「民の皆様は下がってください。ここは我らロアクリフ王直轄近衛騎士団にお任せください!」

 アスベニウスが民衆へ向け、声をあげる。その声の勇猛さたるや、さすがはアスベニ騎士団国を治めていただけはある。

「なめんな!ロアクリフ王の犬どもめ!」

 鉄の棒をアスベニウスへ振りかざす暴徒たちは自分たちの棒の軌道が彼から逸れる事を身をもって感じ取る。

「ほう。それがお前の魔術か。ギルバート」

「ええ。方力魔術ベクトルマジックと言います。クロロマリウス卿に比べれば微々たる力ではありますが…彼らの矛先を変えて攻撃は無力化しますのでクロロマリウス卿は―――言わなくともよかったようですね」

 既に暴徒たちを囲うように炎熱の壁を広げ、この場に留めていた。

「俺たちだって魔術は使える!お前たちになんか屈するものか!岩石魔―――ッ!?」

 魔術を発動しようとした矢先、男は気を失い倒れる。

「あなた方を屈服させに来たのではありません。ですが―――」

 次々と鞘に刺さったままの剣にて気絶させられていく暴徒たち。

「デイドリック卿…なんという強さ…これで本当に魔術を使っていないなんて…」

「私の魔術は暴徒たちの鎮圧には役に立たない。メトリアス卿は民たちへ被害が及ばぬようそのまま受け流し続けてくれ。私が彼らを鎮圧する。」

 今日チームアップしたとは思えない連携、もはやこれはギルバートの強力な魔術を熟練の二名が瞬時に理解し、それに合わせて各々の行動をとった結果なのだろう。

 暴徒はもはや被害を考える事もしなくなったのか大地系統の魔術で尖った岩塊を生み出し、あちこちへと放ち始める。民衆へ当たる直前、それは砂塵へと変貌した。

 暴徒は驚きを隠せず、代わりに民はその現象に納得のいく人物を視界へ捉えた。

「王妃様!!」

「手早く済ませてくれんか。ただでさえ民たちと日が浅く私の事を畏怖する者たちもまだまだ多い。私はこの場を早く終わらせて皆と酒を飲みかわしたいのだ。それが人間の交流の1つだと…タタラから学んだ。いやそれはともかく…人の話している事が気がそれていると勘違いをし、剰え民に岩をぶつけるとは…。止めてくれるか、

 民衆は宙に浮いているローゼンのほうを向き、歓声を上げる。

 どれだけの岩を、どの方向から放てども民衆に届きはしない。

「聖騎士たちに準えて風化魔術ウェザリングマジックとでも言うべきか。…ともかく安心せよ、民たち。セクバニアにはこのイシュバリアの魔女がついている。お前たちは弱いからな、私が守ってやらねばなるまい」

「ローゼン様ー!」

 今まで疑念に満ちた目でローゼンを見ていた民衆も顔を上げ、彼女を王妃と認めつつあるようだ。

「ほら、メトリアス卿、デイドリック卿、クロロマリウス卿すぐさまに鎮圧して宴会を再開するぞ。これは王妃命令である。」

「さすがは王妃。あのタタラによく似てやがる…。民たちへの防壁はもう任せていいんですね?」

「誰に向かって口を聞いている。クロロマリウス卿、貴様は勝手にすればいい」

 そうですか、と呟きアスベニウスは向かってくる暴徒にクロスカウンターを決める。

 炎のエネルギーだけを体に纏い、暴徒さえも怪我させず気絶させる熱拳。

「負けちゃいられませんね」

 ギルバートも攻撃を受け流すのをやめ、向かってくる攻撃のベクトルを真逆に変換し、暴徒自身の力で気絶を誘発していく。そこに加わる徒手空拳、蹴り技の数々。

 騎士とは思えない軽々しい動きで暴徒を翻弄し、暴徒が死なない程度の攻撃のみを逆ベクトルで返していく巧みな魔術操作。王下騎士団内最強と名高いアステラーナに認められた天才がアスベニウス・クロロマリウスとユクトワール・デイドリックという二大騎士を驚愕させている。

「は…。ありゃ嘱望の人材だな。あのタタラが認めて俺たちと組ませるわけだ。負けてらんねぇなぁ!デイドリック卿!」

「ふん。まだまだだ。それに私が追い付きたいのは…あの人の…タタラ様の背中だ!」

 民衆への防壁を維持したまま、ローゼンは宙で3名の動きを見ている。同時に暴徒が纏うに目を細める。

「そうか。やはりか…。暴徒の原因が分かったかもしれん。くく…やはりか。お前の纏う空気だったか―――」

 ――――龍神王。

 ローゼンは遥か北の山の頂を凝視しながらその名を心の内で呟いた。

 暴徒化の原因は龍神王が目覚め、常に放たれている覇気とも言えるによるものだったのである。

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