第5話:酒場の公務

「王女様こっちのテーブルにアルスレッドエール3つお願いします!」

「こっちにも4つ!」

 騒々しい酒場には艶のあるワインレッドの毛を右往左往に揺らし、忙しなくエールを運ぶ狐の娘の姿が3人の目を釘付けにする。

「はぁーい!4つのところのおじさんたちはちょっと待っててね!」

 身長がおよそ140㎝程度の齢11ほどの幼き少女がその体に見合わない大きなお盆を持つだけで誰もが注目してしまう。

 酒場に通い詰める常連曰く、体型としては11歳と言われても納得がいくが、彼女が纏う雰囲気はどこか妖しいものがあると。この歳にして妖艶という言葉が当てはまるのは良いことか否か。各国の王族が見ればたちまち愛の便りが届くであろうとさえ。

「は~い!ここは4つだったよね?」

「王女様ありがとうね!しっかしいつも可愛いよね~おじさんたち君の笑顔で明日も頑張れるよ」

「えへへ~おじさんたちが日々頑張ってるから私もお仕事頑張れてるからこちらこそありがとう!おじさんたちも大好きだよ!」

 妖艶さを孕んではいるものの、歳相応の無邪気さは健在だ。ミレハへ声をかけた男性の言葉の通り、この酒場に通う国民全員が彼女の笑顔で癒しを得ている事は間違いない。

 先ほどまで目が点になっていたユクトワール、ギルバード、アスベニウスの3人もミレハが一生懸命に酒を運んでいる光景には思わず笑みが零れる。

「アスベニウスさんたちは何か注文する?」

 身長140㎝ほどのミレハにはまだ少し高い机の上に、彼女は目一杯腕を伸ばしてメニューを見せようとする。ギルバードがメニューを受け取るとそこには非常に豊富な酒類と各地方で有名な料理がズラリと書き記されていた。

「へぇー…こんなに豊富な酒場聞いたことないな…さすがは公務で使われる酒場だ」

「いやアスベニウス様…”公務”と仰られてもまだ決まったわけでは…王女のわがままかもしれませんし…」

 ギルバートは感心するアスベニウスの耳元で囁く。

 ミレハの我儘というのは十分にありえる事であるが、この酒場の誰もがそんな事は知る由もない。まだ物心ついて間もないミレハであっても”公務で酒場にいる”と言ってしまえば王族の言葉に違いはないのである。

「何を言うか。これも立派な公務だ。ミレハ、この才色兼備な母にアルスレッドエールを頼めるか。ここの3人にも同じものを。それと店長のおすすめ3品を山盛りで頼むと伝えてくれ」

「あ。お母様!…あっ…畏まりました!少々おまちくださーい!」

 一瞬素になりそうになるも仕事中である事を思い出し、しっかりと店員の態度で臨むミレハ。自分たちの席にズケズケと何も気にせず相席する王妃ローゼン。

「王妃…これは一体如何様な事で…?」

 一番に声をあげたのはユクトワール。3人の中でローゼンに一番恨みがある彼女は苛立ちを含みそうになる声を抑えながらあくまで冷静に問いかける。

「何、ってミレハの将来を考えての事だ。悲しい事にこの国であってもいつかは潰える。そうした時に路頭に迷わぬようにと私がタタラへ提言したわけだ。それとも食費の事か?案ずるな、私の奢りだ。それとも男女比が同等になって要らぬ心配でもしているのか?そこも安心しろ。私は既婚だからな手を出す男はもれなく――――」

「そういう話をしてるんじゃない!!これが公務だなんてどうかしている!!世間知らずの魔女ローゼンの仕業とあれば納得がいく!」

 ユクトワールは段々を声を荒げながら木の机に亀裂が走るほどに強く拳を打ち付けた。残りの二人も少なからず彼女の意見を否定する事は出来ない。

「これだから目先の事と栄光やらしか考えられない人間は…。そんな欲望まみれだからユグレ・ウロオで理性を失うのだ。そんな事ではいつまで経ってもタタラの後釜という器から抜け出せんぞ?デイドリック卿」

「ローゼン・アルブレヒトォ!!」

机をいとも簡単に破壊する音が酒場の空気を一気に凍てつかせる。

「ユクトワール!抑えろ…目の前にいるのは魔女ではない。我々が守るべき王妃だ。このお方は挑発も何もしていない。だから抑えろ!」

アスベニウスとギルバートが今にもローゼンに掴みかかろうとするユクトワールを力づくで止め、説得を試みるが頭に血が上り切ったユクトワールは聞く耳を持たない。

しかしそこにコップ一杯程度の水がかけられた。

「貴様が私を陥れなければ――――な。お、王女…?」

「酒場で乱闘騒ぎはお止めになってください。騒いでいるのが民であれ、王族であれ、財を持った騎士であれ…この酒場では皆平等です。他のお客様にもご迷惑ですので…どうかお静かに。このちっぽけな力しか持たない私の頭しか下げるものがございませんがどうかこの場を治めてください。」

 近くまで持ってきていたエールと料理を近くの机に置いている様子から場の鎮圧化のために水を持ってきた事は明白である。

 しかし驚くべきは先程までの口調からは考えられぬほどの的確な言葉の数々、そしてユクトワールを震撼させたのは王女に頭を下げさせた騎士としてあるまじき自らの言動であった。

「クロロマリウス卿、私は非力なので申し訳ありませんが新しい机をそこから持っていってください。用意出来ましたらお酒とお料理お持ちしますので」

 そのままでは場が凍てついたままだと思ったのだろう深呼吸したミレハは周りが起こすべきアクションのきっかけを口に出し、周りの民たちもそのカリスマ性に魅入ってしまったようで次第に先程の活気を取り戻していった。

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