第2話:修行開始と制約

 それからミレハはポリメロスの元で騎士団の鍛錬の終わった夕方から晩御飯までの時間、戦いの基本を教わっていた。

「お前さん…真面目にやっておるのかそれ…」

 ポリメロスは心底呆れていた。

「こんな重いなんて聞いてない!!」

 ――――ミレハの非力さに。ブロードソード一つ持てない騎士などいない。11歳というミレハの年齢を考慮してもこれはあまりにも力がなさすぎるのだ。

「そこは…王女なんじゃなミレハちゃんよ…」

「剣すら持てないなんて…これじゃ守られてばっかりになっちゃう…」

 ポリメロスはストンと地べたに座り込んで落ち込むミレハの肩を優しく叩く。

「何も剣などの武器をお前さんの武器にする必要はないんじゃないかのう」

 過去の自分と今のミレハが重なるのを感じるとブロードソードを所定の位置に戻してはミレハの目の前にしゃがんで顔を見る。今にも泣きそうなミレハの頭をゆったりと撫でて立ち上がるとポリメロスはその場で回し蹴りを放った。

 空を切る蹴りはミレハのしなやかな髪をフワッと浮かせ、ミレハはポリメロスの蹴りに魅入られているようだった。

 ポリメロスがこんなにもミレハを気に掛けるのには理由がある。彼は過去の非力な自分とミレハを重ねていたのだ。

 ポリメロス自身も騎士を志したが人一倍体が弱かった彼は武器を持つ筋力を持つことが出来なかった。脚力だけ持っていた彼は足技を鍛え、実力を示す事で騎士である条件を根本から崩した事でタタラから声がかかったのだ。

「わ、私もポリメロスさんみたいな蹴り技の名人になれるかなっ!」

「お前さんはわしと違って脚力のポテンシャルが高い。必ずわしよりも強くなる。ただ楽ではないが…ついてこられるな?ミレハ姫よ」

 ポリメロスはミレハのやる気にニカッとはにかむ。今から蹴りの特訓を始めようとしていたその時、石畳と金属が当たる足音が聞こえてきた。

「明日の朝になると踏んでいたが半日ほど早かったのう」

「はっ!アルスレッド国王直属 王下騎士団団長ユクトワール。新生セクバニア王国の救援要請に従い、私と部下3000人をこれよりタタラ国王の剣となるべく参りました!」

 一年前、アルスレッドで起きた狂戦士襲撃事件。被害状況も何もかもローゼンによる幻術だったものの、ユクトワールはその日唯一、本当に狂戦士化をされたのだ。1年前といえど、本人の記憶には比較的新しい。

 ユクトワール本人は行く必要はなかったのだが、本人からラピス王への打診もあり、新生セクバニア王国の援軍として派遣されたのである。

「ご苦労。これより貴殿らと剣を共に出来る事を光栄に思う。ひとまずこの先の王城へ。まだタタラ王も起きている頃だろう」

 ユクトワールはポリメロスの指示に敬礼をすると、列を一切乱さずユクトワール一団は王城へと入っていった。

「ではまずは低い蹴りからじゃ。相手の脚を止めるのに役立つ」

 騎士団たちがいなくなったのを見計らい、ポリメロスがミレハへと蹴りを教えていると上空から白銀に舞う艶やかな髪を揺らしながらローゼンがやってきた。

「昼間の指揮に加えて、我が愛娘の指導までしてくれるとは感謝するぞ、ポリメロス卿」

「ありがたき幸せ…と畏まらんほうがよいかローゼンちゃんよ」

「ああ、他の堅物のマルス卿ならともかくお前だけは堅苦しくしてくれるな。でないと肩が凝る」

 地面に降りると堅物になったポリメロスを想像してふっと笑うローゼン。

「で、その様子だと娘に武を教えるのはダメだという気ではなさそうじゃな」

「そんな小さな器に見えるのか?そんなわけあるまい。ではどうしてここに来たのか答えてやろう。まずは愛娘の頑張りを見たかったから、次にお前の力について教えてほしい事があるから、三つ目にタタラに所用があるから抜けてくれと言われたから」

 3つ目は間違いなくユクトワールと極力合わせないようにするためだ。狂戦士解除後は彼とローゼンは一度も口をきいていないどころか顔も合わせていないからだ。

「で、なんじゃ。1つ目と3つ目はもう行動済みとして2つ目の…わしの砕く力について教えればいいのか?ローゼンちゃんの事は信頼しているがわしの力についてはあまり外に漏れだしてほしくない事なんじゃが、それについてはどう対処してくれるんじゃ」

 砕く力についてはポリメロス自身がローゼンやミレハに思う信用問題だけで言える事ではなく、情報が漏洩すると酷く面倒な事だけがその場に伝わってくる。

「情報漏洩については問題ない。既にここの話は私とポリメロス卿、ミレハにしか聞こえないように結界を張り巡らせた。加えて今から私とミレハにお前との”制約”をさせよう。ポリメロス卿なら制約くらいは分かるだろう?」

「せいやく…ってなぁに?」

 ポリメロスは頷く。一方でミレハは首を大きく傾げている。

「全く…この間寝る前に言った事なのだが…覚えていないなら直接頭に知識を送ってやろう」

 制約。条件付きで定められた言動を禁止する封印術の一種。制約によって禁止された言動はいつ如何なる場合でも声に出せず、行動も起こせない。この制約が解けるのは制約をかける側によって必要ないと判断された時及び、制約をかけた存在がこの世から消え去る場合においてのみ。

「理解するよりも早く知識で殴られた気分はどうだ?違和感はあるだろうがじきに慣れるから安心してくれ我が娘よ。この場合で言えば、制約をかけるのはポリメロス卿、かけられる側は私とミレハというわけだ。いいか?」

 ミレハは最初こそ首を傾げていたが理解が追い付いたようでローゼンの言葉に何度も頷くようになった。

「そんな普段から必要な言動を制約するものでもないから安心するんじゃぞミレハ姫。ではいくぞい。ここに制約を成す。禁止するは我が砕く力の情報についての言動。一切を禁ずる。対象はミレハ・ディエネ・ロアクリフ及びローゼン・ディエネ・ロアクリフ。二人の制約への同意を以て制約は成される。」

「ローゼン・ディエネ・ロアクリフの名の下に制約を成そう。砕く力についての情報の一切を言動しない」

「ミ、ミレハ・ディエネ・ロアクリフの名の下に制約を。ポリメロスさんの砕く力についての情報を話しません!」

 ポリメロスの制約内容とローゼンとミレハの合意を以て、制約は果たされた。それを示すかのように3人の足元が黄金色に小さく輝いた。

「では話そうか。砕く力とは何かを」

 ポリメロスはそう切り出すと二人にしか聞こえない結界内で自身の力についてゆっくりと話し始めたのだった。

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