妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・壱-

そばえ

第1話:馬車馬の姫君

 ―――1年前、セクバニア騎士団国連合は魔術王ソロモンの謀反によって首都に致命的な被害をもたらされた。その傷は土地にも、国民にも深く残っている。国民に対して一切の血が流れなかったのは魔術王による計らいなのか、単なる奇跡なのかは今となっては誰も知る事の出来ない事だ。

 その傷が少しずつ癒えてきた現在、首都をかつてのアステラ聖騎士団国に移し、その城を中心にタタラ・ディエネ・ロアクリフを国王とする新生セクバニア王国を建国。

 各国に散らばっていた元王下騎士団メンバーは各専門部署に分けられセクバニア王国騎士軍団長としてハインツエムとプロメタルを除いて首都へ集結していた。

「さて今日の報告を聞こうか。マガツ、偵察隊から何か報告はあるかい?」

「"あの咆哮"以来、北の動きに大きな変化は見られない。依然として警戒は強めたままだ。小さな変化でも侵攻の兆しが見えればすぐさまに知らせよう」

 隠密能力の高い騎士たちで構成されたマガツが隊長を務める偵察・強襲部隊は常に北の大地とセクバニアの国境付近で北の竜族の監視を続けている。突然北から轟いた龍の目覚めの咆哮。タタラたちにとっては遺恨を残す龍神王率いる竜族・龍神族の存在はセクバニア全土にとって脅威となる。タタラは常に偵察隊に警戒を促し、建国当初からこの監視体制を貫いている。

「遊撃隊からも報告。出動命令が出ていないため、鍛錬場にて本隊との合同訓練を実施、適度な休憩を取りつつ、全員の能力向上に期待が持てそうです。続けて報告ですが、騎士部隊における新兵教育の要を担ってくれるのはポリメロス卿、戦闘経験の深さでは彼の右に出る者はいません。魔術師部隊における新兵教育はローゼン王妃自ら…タタラ様よいのですか?」

「彼女たっての希望だし、経験の深さで言えば彼女は世界から見ても随一だよ。何か問題でも…?」

「問題と言えば問題で…新兵の半分が3日以内に音を上げて除隊しています。ただその代わり、残った魔術師たちの実力が上がったのは事実です。ローゼン…様の先見の目は確かでしょうから」



 ――新生セクバニア王国内、魔術演習場

「マナの体内生成と移動を迅速に。この早さがいざという時の生死を分ける事となる。いいか、私はお前たちにいつどこで牙を剥くか分からないイシュバリアの魔女だ。体のどの部位を攻撃されても防ぎきるマナシールドをイメージしろ」

「イエス・マイ・ロード!」

 基本傍観に徹していた1年前とは打って変わり魔術師たちに厳しい鍛錬を課している。マナの扱いが甘い魔術師を即座に見抜き、ノールックで球状にしたマナを放つ。その魔術師は慌ててマナが直撃する箇所へシールドを貼ろうとするが、間に合うはずもなく壁へと吹き飛ばされる。

「今のが殺意ある敵の攻撃ならば左腕は吹き飛んでいただろうな。頭だったら…分かるな?お前たちは精鋭だ。しかしそれは人間の世界での名声に過ぎない。小さな界隈の内側ではなく、もっと広い範囲での精鋭を目指せ。でなければお前たちはおろか、家族が、仲間が、国が滅ぶ事になる。お前たち一人一人がこの国最後の砦だ。いいな?この場の全員がそう思わない事にはこの国は滅びるぞ」

 少し叱咤とこのままでは起こるであろう事実を織り交ぜながら魔術師たちを鼓舞する。散々たる鍛錬を朝早くから行っている魔術師の彼らは既に疲労困憊しながらもローゼンの鼓舞に腹から絞り出した声で応える。その間にも何人もの魔術師がローゼンに吹き飛ばされながらも着実に急成長を遂げていた。



 ――同国内、武闘演習場

 雄々しい声と共に金属音が響き渡る武闘演習場。ここでは王国防衛軍団長、崩蹴のポリメロスの厳しい教育の元、騎士たちが日夜鍛錬に励んでいた。

「演習相手と真剣に向き合い、互いの弱点を導きあうんじゃ。昨日と同じく午前はそこを徹底訓練、昼食後は個性を伸ばす鍛錬とする!よいか!おぬしたちが守らねばこの国は龍族の侵略を受けて滅びると心せよ!」

ポリメロスの厳しい鍛錬の裏側では妻のテテリが騎士たちのためにランチを調理している。連日に渡り、ポリメロスの鍛錬に耐えきればテテリの特製ランチが食べられるという極上の飴と鞭によって騎士たちは心身ともに実力向上が見られる。

 そんな中、ポリメロスから見て奥のほうの騎士たちがどよめいている。

「姫様いけません!御身に何かあっては私たち極刑ものですから…!」

「騎士の皆のケチー!いいでしょ私も修行して強くなりたいの!守られてばかりは嫌!」

 騎士たちはその姫君の気持ちを理解はしようとするものの、修行でケガをした時の己の身を案じている。

 そこにポリメロスが騎士たちの間を分けてやってきた。

「まーた来たのかミレハちゃん…」

「あっ!ポリメロスさん!よかった~!騎士さんたちが修行に参加させてくれないから何とか言ってよー!ポリメロスさんここの訓練教官なんでしょ?」

 ポリメロスは頭を抱えた。

 1年前のミレハは自分の目の前で傷つく人を見過ぎていた。齢11歳にしてミレハは自分は悪くないという事を一切思わず、全て自分が原因と思うようになっている。

 大人でその考えが出来る者と出来ない者がいる中、この歳で自分を振り返る事自体は素晴らしい事だ。しかしミレハの素直さがその思考を悪いほうへ働かせているのだ。

 正式に姫君となる前からミレハはポリメロスに修行をせがんでいた。強くなりたい、今度は私が守りたいと。

「だから何度言ったら分かるんじゃ。今のお前さんは守られなければならない身、共に戦ったり、ましてや誰かを守ろうだなんて考えぬ事だ。王妃様にも断られたからここに来たんだろ?どうか考え直してはくれないか。ミレハ姫」

 ポリメロスはミレハの気持ちを痛いほど理解している中で、ミレハに王女としての自覚を持たせたいが故に喉元まできていた修行をつけてやりたい気持ちを抑え込んだ。

 ミレハは頬をぷーっと膨らませたまま、ポリメロスを凝視する。何が何でも教えてもらうまでは帰らない姿勢のようだ。ポリメロスがミレハの護衛兼見守り役の執事に連絡すればすぐにでも彼女を城へ帰す事も出来るだろう。

「じゃがそれでは納得してはくれないよな…お前さんは」

 ポリメロスは彼女がタタラたちに憧れを抱くと同時に守られてばかりの自分に対する悔しさを覚えたのを知っている。きっとミレハの悔しさを察する事が出来たのはポリメロスだけではないだろう。ポリメロスは期待の眼差しを向けるミレハに顔を近づける。そうして耳元で”夜、着替えてもう一度ここに来なさい”とだけすれ違いざまに囁く。

「執事と衛兵を連れてこい。ミレハ姫を王城へ」

 たちまち衛兵と執事が駆けつけるとミレハを抱えていった。

「タタラが知ったらこりゃクビもいいとこだわい」

こうしてミレハをこっそりと鍛える日々が始まったのだった

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