第4話 秘密

 春男と別れていた1年弱の期間。私は自由だったが、つき合っていた時、春男にお金を貸す為に、借金を重ねていたせいもあるが、ホテルでのフロント業務など、その他もろもろの仕事をしていた為、仕事は忙しかった。


 上司の鈴木正司(すずきしょうじ)54才。

 私は正司さんの事を「パパ」と呼んでいた。気晴らしに飲みに連れて行ってくれたり、ご飯をご馳走してくれたり……仕事で怒られる時は、すごい怖い上司だったけど、それ以外は優しかった。


 パパには妻子があるけど、家に遊びに行ける関係だった。子供たちに懐かれていて、妻が風邪引いたりすると、子守りを頼まれたりもするような関係だ。子供は嫌いじゃない……いや、むしろ好きだし……子守りを頼まれる事はイヤじゃなかった。


 パパと二人で飲みに行った日の事だ。

 少し早めの河津桜が咲いていて、ほのかな月明かりがそれを照らしていた。


「キレイだね」


「あぁ……」


 パパはいつものように、言葉少なめに答えながら私を見つめる。


 まわりの見慣れた景色が、私にはいつもより輝いて見えた。


ーーあぁ、こんな人と一緒になれたら、幸せなんだろうなぁ……ちゃんと話を聞いてくれて、二人の時間を作ってくれる。春男にはそれがない。


 パパから誘われた結果、パパと私はこの日初めて肉体的な関係をもった。

 この関係ももう三年目だ。だが、春男とヨリを戻しても、春男と暮らしながらも、パパとの関係は続いていた。


 「最低な女」ーーそう、自覚はしている。

 しかし、それが今のこの暮らしを強いられる理由にはならないだろう。

 

 ーーもう、すべてが面倒くさい……。


 毎日のように続いてるストレス。そして睡眠不足ーー私の心が派手に、砕け散ったような音が聞こえた気がした……。


 私はついにリストカットーーいわゆる自殺未遂を繰り返すようになった。


ーーこのままじゃいけない。


 いつも花粉症で通っている病院は、診療内科もやっている。

 花粉症のクスリをもらいながら、眠れない事などいろいろと相談してこよう。


 こうして私は、私の心が壊れた事を認め、診療内科で睡眠薬をもらう事になった。

 

 ーー私はもうあんな家で暮らせない。


 1週間ほど、パパの家で泊まらせてもらっていた時は、気楽だった。

 通い慣れた家……そして、馴染んだ子供たち。

 この家にいると、いろいろと賑やかですべてを忘れられる。子供たちと遊ぶ事は、私にとってリフレッシュ出来る時間だった。


「ねぇねぇ、有希ちゃん、ご本読んでー!」


 私にそう言ってきたのは、三才になったばかりの良介(りょうすけ)だった。


 良介が持ってきていた童話を、私が朗読してあげていると、良介も所々、言葉をマネしている。


ーーカワイイ。


 もうそろそろ30才になるが、私にはまだ子供がいない。

 春男も問題児だし、パパともちゃんと避妊をしている。こんな状況なのに、今、子供なんて出来たら大変だ。


 それは私にだってわかってる。

 でも、子供はほしい……。


 

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