第3話 葛藤

 結局、春男との話し合いはまとまらないまま、亜美という精神がいかれてる女が帰宅した。


「ただいま」


 まるで、自分の家に帰ってきたかのような遠慮のない声。別に亜美という子が悪いわけではないだろう。今回は春男が原因だ。

 私にただルームシェアをしているだけというウソをつかせ、亜美という女の子にも、きっと何かしらのウソをつかせているはず……。


 亜美という女の子が家に来てから、仕事が終わって家に帰るのも、少し気が引ける。私にはまるで他人の家に帰るような気分でしかない。


 春男と亜美は仕事もせず学校も行かず、真夜中まで遊び回って深夜を過ぎた頃に帰ってくる。

 朝から晩まで働いている私が、玄関を開けるその音で目を覚まし、眠れなくなる事も考えず……ただ一緒に三人で暮らす。

 この異常な暮らしはあれから一ヶ月が過ぎても、何も変わらず続いている。そのせいか、春男の頭が(もともとおかしいけど……更に)おかしくなってきているようだ。


 この頃じゃ春男は、亜美の事を「家族」とまで言っている。

 もしも家族だとするなら、学校も行かせず、人の家の子供である高校生を、真夜中まで連れ回す事が家族だと言えるのだろうか?


 規則正しい時間に寝かせ、朝早くに起こすーーそして学校に通わせる。

 それが普通だ。それなのに……。


 私は複数のバイト先の友人に、今の異常な生活とそのストレスを打ち明ける。


 「ーー春男と別れた方がいい」


 話したすべての友人の共通する答えが、それだった。私も心のどこかでは、そう思っている。

 プロポーズされたあの時、次を探すのを面倒くさがらなければ……熟年夫婦のように未来を諦めなければ……こんな異常な生活はしないで済んだのに。


 なんだかんだ言いながらも、私は春男の事を愛しているんだーー。

 こんな暮らしになって、私はそれを実感する。こんな風にならなければ、私自身この思いに気付けなかったかも知れない。


 春男は、この大き過ぎる問題を抱えた家にいて、何も感じないのだろうか?


「目の前で、そんなにベタベタしてるなら、その女と二人で、他の場所でやれ」


 余りに睡眠不足が続いていた。

 心が崩壊していく……。そんな私が春男に、そう言ったのは、昨日の真夜中の事だ。


「わかった。明日、ホテルに行って二人で泊まってくる」


 春男からの答えがそれだった。

 あり得ない。

 私は家を借りる為の財布でしかなかったのだろう。


「勝手にしろ!」


 私はそう言い放った。

 喧嘩になっていないつもりでいたが、他の人からみると、このやりとりは喧嘩なのかも知れない。


 私にも秘密がある。

 春男にだけは言えない黒い秘密が……。

 それがあるから、私はこんな異常な暮らしから1週間も、逃げ出せた。



 






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