第20話 同棲に向けて
「いい加減にして! こんなんじゃいつまでたっても引っ越せないじゃない!」
「……いや、ごめん。でも、そんな怒らなくても。まだ日付あるし」
高校を卒業した美野里と雅美は大学生活が始まる。大学に通うにあたり、色々とお互いの将来を検討しよくよく話し合った結果、同じ大学の別学科に通うことになっている。元々学力は似たようなものだったので、まあまあ妥当な結果である。
そして二人して家を出て、同じマンションでルームシェアをすることになっている。どこをどう切り取っても同棲である。
二人が恋人であることはお互いの両親に伝えているので、普通に自他ともに認める同棲である。
だからもちろん四月からの新生活は楽しみで仕方ないのだけど、生まれてこの方ずっとこの家に住んでいたのだ。引っ越しの経験もないのに、そう簡単に荷造りできるはずもない。ベッドや冷蔵庫など大きなものは別で買って届けている。
すでに契約もすませ、卒業式も先週すませ、あとは車で必要な荷物を運べばいつでも引っ越せる状態だ。
まだ春休みは二週間近くあるのだ。余裕。と思っていたのだけど、どうやら雅美は卒業式前からちょこちょこ荷物をまとめていたようで、翌日にはもう荷物を運んだらしい。早すぎる。真面目か。
そして週末土日を挟んで月曜日になっても動き出さない美野里のお尻をたたきにやってきて、手伝ってくれているのはありがたいけど、この漫画は持っていくかどうしようかなーと検分して遅々として進まないことについにキレてしまった。
新しい生活になれてから大学を始めたいので、四月には入っておきたいが、それにしたってまだ卒業してから三日目なのだ。そこまで焦る必要はどこにもない。
「は? まだ、日付があるってなによ」
「なによって。いや、そのまま。まだ卒業したばっかりだし、焦ることないでしょ」
仁王立ちした雅美を落ち着かせようと、できるだけゆっくりした口調でそう事実を伝えると、雅美は何故かますます眉を吊り上げて背中を向けた。
「…………馬鹿っ」
「えぇ……、え、ほんとに怒ってる? ねぇ、ごめんて。手伝いに来てくれて感謝してる。ありがと、ほんと助かる。でもなんか焦る必要ある?」
まずいっと思い、慌てて美野里も寝転がっていたのから立ち上がり、後ろから雅美の両肩をつかんで揉みながら猫なで声で機嫌を取る。
「……あなたのその、鈍感で、適当で、いい加減で、冷たいところ、本当に嫌いだわ」
「そ、そんなこと言わないでよ。てか冷たいって、雅美への愛情は常に燃え盛ってるって」
「ふん……嘘つき」
「本当だって。好き好き大好き愛してるってばー」
本当に本気なのは間違いないから、心をこめてそのままバックハグして頬にキスをすると、ようやく少しは機嫌を戻してくれたようで、不機嫌な顔のままだけど顔だけ振り向いてくれた。
「……だったら、なんでまだ荷物の用意ができてないのよ」
「え?」
「一日でも早く、一緒に住みたいって思いなさいよ。馬鹿。わくわくして、指折り数えて待ちなさいよ、この、冷酷人間!」
「あ、あー」
なるほど。理解した。たしかに恋人と二人暮らしになるのだし、楽しみすぎて一分一秒でも早くって、なるね。はい。
いやでも、別にお泊りは何度もしていたし、今更わずかな時間も惜しむ必要がないほどずっと一緒にいたわけで、これからもっと一緒にいるわけで、むしろ実家との別離を惜しむのだって別に冷酷人間ってわけじゃないと思います。
でもそう言うってことは、雅美は指折りわくわくしながら待ってたんだろう。そして新居で待ってるのに、美野里が来ない上に今日中にすら行く気がないからキレちゃったのだ。なるほど。
「ごめん。雅美がそんなに楽しみにしていてくれてたって思ってなかった」
一緒に住むと決める時も、同じ大学となった時点で当然そうすると思っていたから、美野里が普通に一緒に住むのどんな感じの部屋がいいかな。と話をふって雅美もそうねぇなんてふつーに相槌をうって決まった。
これからも何ら意気込む必要もなく、当たり前に一生一緒にいると思っている。だけど雅美はひとつひとつに一喜一憂していたのだろうか。
本当に、可愛すぎるし、そう言う可愛いところ、もっと素直に見せてくれたらいいのに。だけどそうできない、不器用で怒りんぼうな雅美もまた、美野里にとっては愛おしい。
そっとキスをしてから、ちゃんと真面目に謝罪する。
「本当にごめん。雅美が大好きだから、大好きすぎて、一緒にいるのが当たり前だと思って、なあなあになってたね。一緒に住むのも、ちゃんと誘えばよかったね」
「……別に、過ぎたことはいいわよ。その、同棲が前提みたいに言ってくれたのも、それはそれで、その、別に、悪くなかったし」
素直な謝罪に雅美もどこかしゅんとして勢いをなくしたので、抱きしめるのをやめて肩をつかんで体ごと振り向かせ、もう一度正面から顔が見える程度に軽く抱きしめる。
雅美はちらちら美野里を見ながらも、ちょっとだけ顔は斜めにしたにそらしている。
「そっか。それならよかった。でも、ちゃんと言わせて。私は雅美が大好きだから、できるだけ一緒にいたいんだ。だから、一緒に暮らそう」
「っ……私も、そうしたいと、思ってるわ」
「うん、知ってる」
「馬鹿」
ただ同意するだけのそっけない返事。だけどそれにどれだけ雅美が頑張って勇気を出しているのか、わからないわけない。だけどだからこそ、可愛すぎてついついからかいたくなってしまう。
そんな美野里にまた雅美はむっと怒った顔になる。だけど怒った顔も可愛い。本気で怒らせたわけじゃないってわかってる、その適度に怒った顔は安心して可愛がれる。
「ふふ。じゃあ、真面目に荷造りしよっか。てか部屋は置いておいてくれるから、本とかどうでもいいよね。とりあえず最低限の着替えさえあればいいし。今日引っ越そ」
「ふん、初めからそうすればいいのよ」
ぽんぽんと軽く背中を撫でてから離れてさっそく荷造りにとりかかる。さっきまでは生活全部をいきなり移動させようとしていたから時間がかかっていたのだ。
実のところ車で一時間ほどの距離なのだし、その気になれば日帰りで余裕で荷物を持ってこれるのだ。しばらくお泊りするくらいで用意すればとりあえず住める。最悪ない物は買えばいい。
そう方針を決めると、とんとん拍子に荷物は纏まる。入学に必要な物、春物一式、段ボール三箱ほどに収まった。
「よし。じゃあさっそく運びましょう」
「あ、うちの車親がのっててないから、夜まで待ってよ」
「大丈夫よ。私の車があいてるから。軽でもこのくらいなら乗るわ」
「え、いやいやいや」
美野里はすでに免許取得済みだ。夏休みの間に一気にした。受験にも多少余裕はあったし、どうせずっと勉強はしないので。雅美はちょっと怒っていたけど、勉強をしないことではなくデートが減ることに対してだった。
それはともかく、そんなわけで免許もあるし、家の車でならしもしているので普通に運転はできる。だけどさすがに、他所の家の車はちょっと怖すぎる。雅美の家族とも親戚感覚くらいには親しいとはいえ、限度がある。
「さすがに保険の関係もあるだろうし、雅美の家の車に何かあったら怖いし、それはないって。どうせ今無理に行っても、車返しにまた戻ってくることになるし」
「大丈夫よ、家のじゃなくて私のだから」
「ん?」
「私の車よ。買ってもらったの」
「えっ、免許ないくせに!?」
どや顔でポケットから家の鍵と繋がっている車のカギを取り出して見せつけてきた雅美に、美野里は思わず大きな声を出して驚いてしまう。
前から雅美は甘やかされていると思っていたけれど、まさか、免許持ってない人間に車を買い与えるなんて。
「うるさいわね。これからとるし、美野里が持っているんだからいいじゃない。車があればいつでも帰ってこれるからってくれたの。ちゃんとマンションの駐車場も契約してるし、あなたも使う前提で保険も入ってるから大丈夫よ。そのまま行って今日から住めるわ」
「いや、まあその辺りはね、親御さんのご厚意だからあれだけど……えぇ、でも、新車でしょ? 私が最初に運転するとかちょっと」
「何言ってるのよ、納車するときに父がのってきたわよ」
「それほぼ最初だから」
抵抗はある、がまあそれを想定して買ったのだろうし、許可も出ていると言うならあまり遠慮しすぎても仕方ないだろう。現実を受け入れると、実質半分自分のものである車に興味がわいてきた。
「ね。どんな車?」
「可愛いやつよ。乗りやすいよう小さくてミントで」
「ふーん」
「なんかよくわからないけど、ターボとか? 色々運転しやすい機能もついてるらしいわ」
「ふーん?」
美野里もよくわからなかったけど、いいやつらしい。
「納得したわね? じゃあ、早く行きましょ」
理屈上可能だし二度手間でもないことはわかった。それにしても、今日行く予定はなかった。だから両親も普通に今家を出ているし、挨拶せずにでることになってしまう。もろもろお金を出してくれる両親にそれはさすがに不義理すぎるだろう。
「……行くか!」
が、さっきの雅美の可愛い本音も聞いてしまったし、さらに待たせるのは可哀想だろう。あと単純に美野里も、今夜一緒に過ごしたい気分になっているし。
今日は普通に向こうに行って泊まって、明日もう一度戻ってきて親に挨拶すればいいだろう。まだ全然大学が始まるまでは余裕があるのだし。
と言う訳で二人で雅美の家にいく。雅美の家は普通におばさんがいたので車のお礼などの挨拶をしてから早速車にのる。
ぴかぴかの新車は少し緊張するが、美野里の母の車と同じようなサイズなので運転感覚も問題なさそうだ。
「じゃ、しゅっぱーつ」
「いぇーい!」
二人は揚々と新居に向かった。なお、普通に雅美も美野里がいないので昨日も実家で寝泊まりしていたから、翌日挨拶に帰った時に普通にそれぞれ家で怒られた。
こうして二人の同棲生活はスタートを切るのだった。
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