第19話 美野里の誕生日2

 雅美の企みはついえたが、もちろん誕生日会はまだまだ続く。あとで着てね、と言うことでプレゼントは置いておいて、二人でお喋りしてから晩御飯の支度をする。

 もちろん雅美の手作りなのだけど、一人で待っていてもと言うことで美野里も手伝ってくれることになった。


「ていうか、こんな手のかかる料理一人でしようとしてくれてたとか……雅美、私のこと好きすぎない?」

「う、うるさいわね。別に、事前に仕込んでおけばそんなに時間がかかるものじゃないわよ」

「事前の仕込みってちなみにどのくらいかかったの?」

「そんなのはかってないわよ」


 と言うか、はかっていたとしてわざわざ聞く必要はないだろう。

 本日のメニューは豚の角煮、唐揚げ、サラダ、豚汁、炊き込みご飯だ。豚の角煮はセットして低温で煮込んでおいたので出してカットするだけで、炊き込みご飯もお米を洗って浸水はしておいた。後は普通に手順だけ気を付ければ1時間くらいでできる。

 どれも美野里の好物で、雅美が食べるとしたらちょっとボリュームが多すぎるけれど角煮は日持ちもするしそう困らないだろうと選んだ。


「ご飯炊けたよー」

「じゃあかき混ぜてからお茶碗によそってくれる? 豚汁もいれていくわ」

「うーん、茸のいい匂い」


 卓上に並べていくと、大皿からとるスタイルにしたのでとても二人前に見えない量だ。いかにもパーティっぽくて用意した雅美もテンションがあがってくる。


「んー、美味しい! ありがとう、雅美。愛してる!」

「何言ってるのよ」

「いやまじで、手際もいいよね。一品一品は私もつくれても、同時進行でつくってくのとかすごいし。私も練習しなきゃなー」

「別に、私ができるんだしいいわよ」


 笑顔で嬉しそうに言われて、雅美もテンションがあがりつつそう答え、そしてはっとした。

 今のは完全に、将来一緒に暮らす前提の話をしてしまった。毎日雅美の料理を食べろと言うのか。いっそプロポーズ。

 自分の失言に気が付いた雅美は手もとまってしまって、そっと横眼で美野里の様子をうかがう。


「そうは言っても、雅美一人にさせるわけにはいかないでしょ」

「っ……まあ、そうね」


 気付かれていなかった、どころか、美野里も雅美と一緒に暮らす前提で返してきた。

 わかっている。恋人なのだし、幼馴染としてもずっと一緒だったし、別れるなんて考えられないと美野里も思ってくれているとわかっている。わかっていても、こんなの、テンションが上がるに決まっている!


 だって実質美野里からのプロポーズ! これはもう、プロポーズ! 確かに体調の悪い時とかはちょっとくらいしてくれるとありがたいものね! と具体的に一緒に暮らしているところまで妄想がとんでしまう。そんな、看病してもらってうつったら悪いわ、なんて!


「ん? どした雅美。手、とまってるけど」

「! べ、別に。あなたに料理を教えるとして、どうすればあなたに理解できるかしら、とちょっと考えていただけよ」

「そんな考え込むことないっしょ。私だって、ふつーに一品だけならできるんだからね。まあ、実家でたら……あー、まあ、自然に覚えるっしょ」


 あ、今美野里も失言に気が付いた。と雅美は察した。赤くなり視線を明後日の方向におくっている美野里の可愛らしい誤魔化しに、だけど内容そのものを否定したりはせずそのままにする美野里に、やっぱりプロポーズだった。と心臓が高鳴るのが抑えられない。


「そ、そうかもしれないわねっ」


 はち切れそうなほど、美野里への思いが膨らんで、だけどそれを伝える勇気なんてなくて、無難な相槌を変えることしかできない。


「あー、と。この角煮、マジで美味いよ」

「あ、ありがと。余った分は持って帰ってもいいわよ。日持ちもするし、皆さんで食べてもらって」

「まじ? もらうもらう。でも家族にはあげないけど。私の誕生日プレゼントでしょ?」

「大げさね」


 お互い、顔を合わさないまま食事と会話を続ける。それにほっとしてしまう。そんな自分だから進展しないのだともわかっているのだけど。


 夕食後、片づけて腹ごなしをしたらお風呂だ。お風呂が沸いた合図に、美野里は部屋で待たせて一旦雅美が風呂場に行ってから、美野里に入浴をすすめる。お客さんが優先だ。


「さ、いいわよ。はいってきて」

「ん? いいけど。なんかしたの?」

「電気つけなくていいわよ」

「お?」


 今日はお風呂も誕生日仕様でこだわっているのだ。わくわくしながら美野里を送り出す。

 お風呂場は入浴剤はもちろん、花を浮かべて窓枠にアロマキャンドルを置いて明かりにし、お風呂用ライトも一つ設置して光量にこまらない程度には明るくもオシャレな空間に仕上げてきた。


 美野里がお風呂に入っている間に、寝具の用意をしておく。幼馴染の時は時々だったけど、恋人になってからは百パーセント美野里と同衾しているけれど、だからって最初からそれをしてしまうと期待していると思われても恥ずかしいので用意はしておく。

 もしかするといい雰囲気になるかもしれないので、一応音楽をかけて部屋のライトは少し暗めにしておく。


「おさき! いやすごいじゃんお風呂ー! なにあれオシャレ―!」

「喜んでもらえて嬉しいわ」


 部屋に戻ってきた美野里はまさに狙い通りのはしゃぎっぷりで、おもわず雅美もにっこにこになってしまう。言葉はつんとしているが、美野里は気にせず拳を握って褒めてくれる。


「いやー、さすが雅美! マジで、女子力ぱねーわ。私だとまずあの発想がないもん」

「ふふ。このくらい、なんということないわ」

「いやあるって、ていうか仮になくてもあるってことにしないと、私の女子力死んでるじゃん」

「あら、生きてると思っていたの?」

「死亡届はだしてねーのよ。あ、てか似合う?」


 肩をたたいて突っ込みをいれてから、美野里は思い出したようにはにかみながら一回転して自分の姿をみせびらかす。もちろん姿はプレゼントしたバスローブ姿。

 可愛らしくてとっても似合っている。想像の中でも似合っていたけれど、それ以上で胸がきゅんとしてしまう。

 美野里は格好いい系が似合うけど、可愛い系だってとっても似合う。というか、美野里のことが好きすぎるせいだと思うけれど、美野里が何を着ていても素敵、としか思えないところがある。


「ええ、似合っているわ。可愛い。素敵よ」


 だけどそれを言って、えっ、着るのやめようかな。となったら困るので、堂々とそれが全世界の事実とでもいうかのように断言する。


「へへ。ありがと。めっちゃふわふわで着心地いーよ。すりすりしたくなる」

「ふふ。よかったわ。私も入ってくるわね。お揃いだし、写真撮りましょ」

「いいね! いってらー」


 雅美もお風呂に入る。一瞬だけ、美野里の後か、と意識してしまったけど気にしないことにする。一緒に入っていたこともあるのに、最近特に意識しすぎだ。

 お風呂をでるとちょっと火照ってしまっている。ちょっと長風呂だったかもしれない。


「お待たせ―」

「おっ、お帰り。あー、いいじゃん。さすが雅美、似合う。てか色っぽいし。はいとるよー」

「ちょっと。いきなりとるのはやめなさいよ」


 まだドアを閉めてもいないのにぶつかる勢いで迎えてインカメで自撮りされてしまった。反応が早すぎる。自分の格好でそんな反応になったと思うと嬉しいけど。


「ごめんごめん。じゃ、キメ顔して」

「キメ顔とか言うんじゃないわよ」


 ドアをしめてぶつかられた勢いでゆれた前髪をととのえてから身を寄せる。ふわっといい匂いがして意識してドキッとしてしまう。


「はーい」

「見せて」


 撮った写真を確認する。問題ない。すっとさっきのも確認する。雅美の目線が合っていなくて、ちょっと髪がゆれてる。削除、と。


「ちょっと、勝手に消したでしょ」

「勝手にとるからでしょ。仕方ないからもう一枚とってあげるわよ」


 その後気がすむまで撮影会をした。はしゃいだテンションが落ち着いてから、二人でベッドに座る。お風呂上がりにはしゃぎすぎた。だけど火照りはクーラーで冷やされて落ち着いた。


「ふー、ねぇ、美野里。誕生日、何点だった?」

「んー、もちろんそりゃ、まあ、百点、だけどさ」

「何よその言い方。それに百点って、それ、十点満点なんでしょうね」


 なにやら奥歯にものが挟まったような物言いに、雅美は美野里の太ももをぺしぺし叩きながら採点の詳細をたずねる。美野里はふふっと軽く笑いながら頬をかく。


「自信ありすぎ。じゃなくて、あー、まだ終わってないって言うか……あの、さ。私、雅美からもらいたいものあるんだよね」

「え? なに? 今更言われても困るのだけど」


 プレゼントにリクエストがあるなんて図々しいけど、そんな図々しさも許される関係性でもある。だけど普通、もっと前に言うべきだ。当日に、しかも寝る前に言われてじゃあ用意するわね、とはならないだろう。

 さすがに困惑してしまう雅美に、美野里は手を振って何かを否定するようにしつつ、ためらうように視線を泳がせる。


「準備とかいらなくて、その、来年とか、何なら再来年の分先払いでもいいんだけどさ」

「? なによ。なにかお願いがあるっていうこと? 遠慮しないでいいなさいよ。今日はお誕生日なんだから、できることならしてあげるわよ」


 そう言う言い方をすると言うことは、物ではなく何らかの行為なのだろう。それくらいなら、わざわざプレゼントなどと言わなくても、お誕生日としての我儘なら膝枕でも耳かきでもマッサージでも、いくらでもしてあげよう。

 笑って軽く促す雅美に、美野里は何故か卑屈気に笑う。


「……本当?」

「もちろん」

「……あの、……雅美」


 優しく頷くと美野里はなにやらもじもじして真っ赤になりながら真顔で名前を呼んでくる。


「なに?」

「じゃなくて、雅美。……雅美が、欲しいの」

「……え!?」


 思わぬ言葉に時間がとまる。雅美が欲しい。と言われて意味が全く分からない。なんてことはもちろんない。

 と言うか朝からそうしようと雅美はずっと決めていたくらいなのだ。途中であきらめたけれど。


「駄目? ていうか、今まで、ちょっとずつ雅美にちょっかいかけてたのに、雅美、何も反応してくれてないし。ありなのか、なしなのか、全然わからないけど、まあ、あの、嫌がってはないし、そろそろいいかなーって思ったんだけど。えーっと、早かった? あの、駄目なら駄目で、もうちょい目安とか教えてくれると助かるんだけど」


 優しさ! ここまできてまだ雅美の意志を尊重し、ここまではっきり言って恥ずかしいだろうに後日にできると言う優しさ!

 雅美は美野里の優しさに心ときめいていた。


「……」

「……あのさ、なんか、言えって」


 だけど、美野里がこんなに勇気を出してはっきりいってくれてるのに、雅美はやっぱり声がでなかった。手が震えてしまう。


「っ」


 それでもここまでやってくれた美野里の為にも、ちゃんと勇気をださなければならない。雅美は勢いよく立ち上がった。まず体を動かすことで、なんとか金縛りかと思うほどの体のこわばりはとけた。


「わ、私、あの……み、美野里に、今日、プレゼントあげたじゃない?」

「ん? あぁ、まあそうなんだけど、だからその、来年の前借っていうか」

「本当は! ……あれ、プレゼントじゃなかったの」


 頭をかきながら見当違いのことを言おうとする美野里を遮り、美野里の方を向いて両手に力をこめてバスローブの裾を握りしめながらネタバラシをする。

 だけど端的すぎる言葉で察しの悪い美野里に伝わるわけもなく、美野里は首をかしげる。


「ん? 自分用の色違いだったってこと?」

「いえ、まあ、美野里用には違いないのだけど。その、あくまで予備と言うか、本当は、その……このバスローブ、可愛いでしょう?」

「ん? うん。可愛いよね」

「それで、その……リボンついてて、この結び目も大きなリボンになって……プレゼントの包装っぽく、見えないかしら?」


 自分の体の前、結び目を見せながらそう尋ねると、美野里はまるで難事件をとく探偵のように顎に手を当て眉を寄せた。

 これでも遠回しなのは自覚しているが、これ以上直接的なことは言えそうにない。着ている服がプレゼントと言っているのだから、わかって。


「んん? まあ見え……え? ちょっと待って。……私が言う前から、プレゼントしてくれるつもりだったってこと?」


 ぱっと目を見開いて、勢いこんで立ち上がって確認してくる美野里に、かーっと今まで以上に顔が熱くなる。ついに思いを伝えてしまった、という恥ずかしさと、だから、わかったなら確認する必要ないだろうこのデリカシーゼロ女! と言う怒りのせいだ。


「……」

「……あー、ごめんて。でもほら私だって勇気だして本音出して、いっぱいいっぱいだったわけだし」

「別に……怒ってないわよ」


 ここぞと言う時だからこそ腹も立ったが、ここで怒ったらプレゼントどころではない。本当に、雅美だって美野里が家に来るまでずっとそれを願っていたのだ。プレゼントして、もらってほしくて、そして美野里にもそれを喜んでほしかったのだ。

 指先をあわせる様にもじもじしてしまうけれど、ここまで来たなら、あとは確認するだけだ。


「それより……プレゼント、いるの? いらないの?」

「いる!」


 美野里は笑顔になって雅美に抱き着いた。その積極性に腰がひけてしまいそうになる雅美を引き寄せ、持ち上げるようにして美野里は雅美をベッドに押し倒した。

 一気に心臓が極限までたかなる雅美に、美野里は軽くキスをしてからおでこを付けて微笑む。間近で見る美野里の瞳はらんらんと輝いていて、隠す気のない欲望がまっすぐに雅美に向かっている。


「雅美、嬉しいよ。おんなじこと考えてくれていたの、本当に嬉しい。ありがとう。プレゼント、大事にする。雅美、好きだよ」

「……私も、好きよ」


 そうして美野里はプレゼントの包装を乱暴に解いた。





 誕生日編。おしまい。

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