第18話 美野里の誕生日

 今日は美野里の誕生日だ。二人が恋人になって約10カ月。暑苦しいくらい元気な美野里らしく、夏真っ盛りに美野里の誕生日はある。

 雅美の誕生日に触れるだけじゃないキスをして、同衾までしたのに、いまだに二人は下着を脱いだ姿をみせない清い交際をしていた。清い? 清いままだ。


 何度もチャンスはあった、と雅美は思っている。


 例えばクリスマス、二度目の濃厚なキスはすっかり手慣れて、お互い正面から抱き合ってひたすらキスをした。強く抱き合う体の感触も気持ちよかったけど、それ以上にはならなかった。

 年を越して冬休みが終わる前にももう一度キスをしたけど、この時はお泊まりではなかったから許そう。


 次にバレンタインデー。チャンスだ。実際、美野里もそのつもりだったと思う。抱き合って背中に回した手ですりすりと体を撫でるようにしてきて、キス以外の体の気持ちよさも感じようとしていた。

 その手は背中を越えてお尻や太ももも撫でてきたので、こう今日で一線を越えるのだと覚悟をしたのに、そうはならなかった。

 これは絶対美野里もその気だった。なのにへたれた。馬鹿。


 そして二年生になってからのお祝いや、ゴールデンウィーク、本当に何度も恋人になる前と同じようにお泊まり自体はあったし、普通にその都度チャンスはあった。


 なのに美野里は決定的なことはせずにちょっとずつ過激なセクハラをするようなことで終わらせてしまう。

 一番ひどかったのは、一緒のベッドで寝る時に、当然の様にじゃ寝よっかと言われたのにいらっとした雅美が美野里に背中を向けて寝ようとしたところ、後ろから抱き着いてきて触ってきたのにやめたことだ。

 全く、美野里はヘタレすぎる。どうしてそこで臆病になるのか。雅美が何度心を決めて、覚悟をしているのかわかっているのか。何度も無下にされて、腹だって立つというものだ。


 ……いや、本当はわかっている。美野里だけが悪いのではない。むしろ、美野里はちゃんとそうして欲求を行動で示してくれている。なのに雅美が、何も言わないから。体を固くして言葉も体も黙って受け入れるしかできなくて、美野里はそれがOKかどうか判断がつかないのだ。

 わかっているけど、そんな美野里ですら言えないのに雅美が言葉で言えるわけないし、うまく体が反応しないのだって、緊張してしまってのことだから仕方ないではないか。


 なんて風に、言い訳をしたって仕方ないのだ。わかっている。美野里が態度で示してくれているのを雅美が無視しているようなものなのだ。

 だから雅美からもなんらかのアンサーをしなければ、二人の関係は永遠に進展できない。


 だから雅美は考えた。いかに自然に、雅美でもちゃんと意思表示をできるか。

 それが、雅美の誕生日だ。そう。雅美は美野里に、『雅美』をプレゼントするつもりなのだ。


 ベタすぎる? 馬鹿っぽい? そんなことは何度も思ったけれど、これ以上の答えはない。これしか手はないのだ。これ以外に、雅美にできそうなことなんてないのだ。雅美はこれで自分が見えているのだ。


「お邪魔しまーす。おおっ。いー、やー……確かに、恋人っぽい。むぅ。悔しい」

「悔しがらずに喜びなさいよ」


 美野里の誕生日は雅美の部屋に誘うことにした。雅美の両親はそこそこの頻度で家を明けることがあり、今日もそうだ。つまりそう言うことである。

 美野里が誕生日会をしてくれた昨年、割とダメ出しをしてしまったのもあり、誕生日会らしさもありつつこだわってみたのだけど、どうやらお眼鏡にはかなったらしい。


「いやまあ、嬉しいよ。本気出してくれてありがと。このハッピーバースデーの風船とか、ちょっとのことで全然雰囲気違うよね」


 お誕生日おめでとう、という言葉を飾るのに、直筆の垂れ幕を作るのと、市販のプリント文字でオシャレで綺麗な感じになるのは全然違うだろう。

 もちろん手間をかけてくれたのは伝わっていたし、嬉しくはあったけど、どうみても努力の方向が小学生のお誕生日会なのだ。


「まあ、そうね。さ、とりあえず座って」

「はーい」


 素直に雅美の部屋に来た時の定位置のクッションに座り、わくわくした顔を向けてくる美野里。雅美は仕方なく、そっとポケットからクラッカーを取り出して構えた。


「美野里、誕生日おめでとう! ハッピーバースデー! いえー! ひゅー! サイコー!」

「ひゃー! ありがとうありがとう! いやー、どうもどうも、皆様のおかげで、こんなに大きくなりました!」


 本当はこういうノリ、楽しいし好きだけど恋人っぽくないのでスルーしたかったのだけど定例だし、すごい待ってる感出されたので仕方ない。

 それはそれとして大きな声でお祝いしたので楽しい。


「ふふ、改めておめでとう。大きくなったわね」

「誰目線ー。あはは。うけた」

「テンション高いわね」

「誕生日だしとーぜんじゃん。てか、まじで風船も用意してくれてるけど、ハートの風船とかマジで浮いてるじゃん。これどうやってんの?」


 さっそく風船に目をつけたようだ。これには雅美もちょっと得意な気持ちになる。風船の形や柄にこだわったのはもちろん、全部ではないけどいくつか部屋の中で浮かして紐で結んで飾っているのだ。


「すごいでしょ。ガス買ったの」

「ガス!? やば。えー、まじすごいじゃん。すご!」


 喜んでくれている。そうなるだろうとは思ったけど、やはり努力が報われて嬉しい。前回批判した分、美野里にこの程度かと思われたくなかったし。

 美野里が風船をつついて喜んでいるのをにんまり見てから、雅美はとりあえず飲み物を用意し、ゆっくりする準備をする。


 夏休みなので当然一日休日だ。なので時間はお昼過ぎ。まだまだ日は高い。さすがにプレゼントを出すには早い。


「ねぇねぇ、何して接待してくれんの?」

「接待とか言うんじゃないわよ。でも今日は、あなたの誕生日だもの。という訳で、あなたが満足するまで一緒にマロカーしてあげるわ」

「えっ、まじでいいの!?」


 猫モチーフにしたマロたちがレースをするマロカート。先々月発売して可愛くて安いので一緒に買ってオンラインプレイをしてみたものの、可愛いビジュアルに反してお互いを蹴落としていくプレイスタイルと、そもそも雅美はこういう瞬間的な判断力が必要なのが苦手なのもあって負け続きで面白くなくてやめたのだ。

 あんまり負けてもうしない! と言った時は美野里も笑いながら惜しがってくれた。だけど雅美だって買った以上は金額分は楽しみたいので、ひそかに練習してリベンジを狙っていたのだ。


 接待だと思って油断している美野里を、ぼこぼこにしてやるのだ。これでまたこのゲームをやりたかった美野里も嬉しくて誕生日の催しとしてもベストチョイス、そして雅美も復讐できてwin-winだ。


「いぇーい! あははは、雅美ちょっとうまくなってない? やるじゃん」

「……なんっで! 強いのよ!」

「えー、私あれからネット対戦とかたまにしてたし」


 雅美のゲーム機もシステム上はそれができるが、ネット上で知らない人とやるのには抵抗がある。そもそもゲームだって美野里が面白そうにやってるから始めて、それからも美野里がしているのと同じのをするだけで、自発的に調べたりとか一切ない雅美に、美野里に勝てる要素なんてなかったのだ。ずるい。


「あははは! あー、笑った―、でも疲れてきたし、このくらいにしとこっか」

「ぐぬぬ。いいわよ。満足したなら? この私が接待してあげたかいがあると言うものよ」

「はいはい、ありがと」


 美野里はまだ元気そうだが、雅美は指先がだるくなってきたのを察したのだろう。本日の接待はここまでとなった。小腹もすいてきたのでちょうどいい。

 片づけて、お菓子も食べることにした。お菓子は普通にクッキーだ。ナッツ入りの手作りだ。


「ねぇ、あーんして食べさせてよ。我、誕生日ぞ?」

「何様なのよ。ほら、あーん」

「へへ。あーん」


 どや顔で要求されたのに呆れつつ食べさせてあげる。すでに恋人になって半年以上が経過している。一線こそこえていないけれど、すでに相当のいちゃいちゃをしてきた。もはやあーんにうろたえる初心な雅美はいないのだ。

 実は指先が美野里の唇に触れる感触は少し照れるのだけれど、前に比べれば全然余裕だ。


「じゃあ私も、あーん」

「んっ」


 食べさせられるのもなれた。なれたけど、変に体に触れてセクハラするようになってから、美野里はあーんの時に少しだけ唇を押すように撫でていく。

 それがなんとなくエッチなことに感じられて、食べさせられるのはまだちょっと、どきどきしてしまう。


「てかおいしいけど、手作りだよね。どんどんレベルあがってない?」

「そう? 前から私の腕前は達人級だったわ」

「はいはい。……雅美のそういう、うぬぼれやなとこも可愛いよ」

「なっ、何よ、急に」


 嬉しいのでちょっと調子に乗ったのに、美野里はまるで慈愛をこめたような優しい笑みを向けてきて思わず動揺してしまう。

 二人きりで絶賛デート中とはいえ、そもそもの幼馴染の関係が長すぎて、ただ一緒にいるだけだと意識しないとついいつものノリになってしまうのでついつい油断してしまう。


「いいじゃん別に。……あのさ、誕生日プレゼント、何用意してくれてるの?」

「用意はしてるけど、普通自分から催促する?」

「聞くくらいはいいでしょ」

「……」


 もちろん用意はしている。雅美自身をプレゼントする為、大きなリボンのバスローブがあるので、お風呂上がりにそれを着てプレゼント、とする予定なのだ。

 だが、当然こんな流れでじゃあ着替えてくるなんてできるはずがない。口頭で伝えるなんて、そんな準備不足みたいなのも悔しいし。


「……いいわよ。今渡せばいいんでしょ!? 今渡せば!」

「え? いや別に、知りたいだけって言うか、何でキレてんの?」


 ここで誤魔化すか、そうじゃなくても勇気がなくても格好悪くても、ちゃんと言えないからダメなのだ。そうわかっていても、もうやけになってしまった雅美は立ち上がって机の引き出しを開けた。


 念のため、あくまで念のためだが、失敗して言い出せなかったときように別のプレゼントも用意していたのだ。

 まさか出番があるなんて……半々くらいの確率でそうなると、薄々思っていたのだけど。


「はい。どーぞ」

「おっ。プレゼント、もしかしなくても服か。私があげたのにそろえてきたなー、ういやつめ」

「うるさいわよ。いいからあけたら?」

「はーい」


 美野里は受け取ったプレゼントを実に嬉しそうに開ける。それを見ると、雅美も何だか嬉しくて、まあいっかと言う気になる。

 美野里の為の誕生日なのだ。自分の下心しかないものより、美野里が喜ぶのが一番だ。


「どう?」

「こ、これは……ちょ、ちょっと可愛すぎない?」

「なんでよ。いいでしょ。可愛くて」


 美野里がくれたのが部屋着だったのもあり、今回のプレゼントは自分用に買ったのとお揃いのリボンのついたバスローブなのだ。

 色違いで、ちょっと青系なので美野里の抵抗もうすいだろうと思ったのだけど、まだちょっと可愛かったらしい。美野里のせいで雅美はどんどんファンシーな格好に寄せているので、基準がおかしくなってきている気がしないでもない。


「あのね、私も色違い持ってるのよ」

「お、おそろいか……まあ、そういうことなら」


 納得もしてもらえた。夜、肝心なことはなしになったけどプレゼントはきてもらえそうだし、それはそれで自然に進展する可能性もある。

 雅美は一人納得して、平和な誕生日を過ごすことにした。

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