後日談

第16話 雅美の誕生日

 恋人になって約1ヶ月。今日は雅美の誕生日だ。喜んでもらいたい。恋人になって最初の誕生日だし、これは記念すべき思い出になるはずだしそうすべき。と美野里は気合を入れて準備してきた。


 パァンー

「改めて、誕生日おめでとう雅美! フォーエバー雅美!」

「……ありがとう。気持ちはありがたくいただくわ」


 金曜日だったのもあり、気合を入れて部屋も昨夜からお誕生日仕様にして、満を持して一回帰ってお泊りの準備をしてきた雅美を迎え入れたと言うのに、やってきた雅美はそうクールに、なんなら呆れたように答えた。

 雅美はデートの時の定番になっている可愛い系の服装で来てくれて、とても可愛いしそれだけでも美野里のテンションも上がると言うのに、雅美はいつも通りだ。

 そしていつも通りの定位置に座る雅美に、美野里はならしたクラッカーをゴミ箱につっこんでから隣に詰め寄る。


「ちょっと、リアクション薄くない?」

「……私だって、その、ちょっと身勝手かもだけど、恋人になって初めての誕生日を祝ってもらうのだし、その、色々、期待したりしてたのよ?」

「え? じゃあテンションあわせてよ」


 ちょっと気まずそうに、毛先を指先でもてあそびながら雅美は可愛いことを言ってくれた。それはもちろん、期待しててね! と宣言もしていたのだからしてくれていいし、身勝手ではない。だけどそれならなおさら、テンションが高くてもいいはずだ。


「……じゃあ聞くけど、あの輪っかはなによ」

「え? 何って飾りでしょ。お誕生日会らしいでしょ?」

「らしいわね、私たちが小学生ならね」

「……え、ダメだった?」


 ザ、お誕生日会、と言えるように頑張って折り紙で輪っかの飾りをつくり、『雅美 お誕生日おめでとう!!』の垂れ幕もつくり、昔お気に入りだったけど衣裳部屋で冬眠してもらっていたぬいぐるみたちも観客としてベッドに並べ、風船も膨らませたのに。

 大真面目に用意したので普通に駄目だしされてがっかりしてしまう美野里に、雅美は気まずそうに右手をあげかけて宙に漂わせる。


「あ、いえ、ダメ、という訳でないけど。その、いいムードではないと言うか、普通に友達感だし」

「えー、恋人感の誕生日ってじゃあどんなの想像したの?」


 どうやらめちゃくちゃハードルをあげすぎていたらしい。しかし恋人のお誕生日とか言われても、難しすぎる気がする。夜のディナーは最高層ホテルを予約したぜ、とか高校生の財力では無理だし。


「それは、その……ちょっと薄暗くて、綺麗な照明で、色味もこんなポップな幼稚園みたいなのじゃなくて、風船も普通に丸いのが転がってるだけだし」


 さすがの雅美も自室なのだしそこまで期待はしてなかったみたいだけど、どうやらこのひたすら明るい雰囲気が駄目だったらしい。まだ夕方にもなっていないのに無茶を言う。いや夜になっても照明の用意はないのだけど。


「うーん。もっとダーティな大人の雰囲気がよかったってこと?」

「ダーティはともかく、まあ、もうちょっと落ち着きがあると言うか……あの、ぬいぐるみとかいつもいないでしょ。やめてよ」

「お誕生日会の観客だよ? 雅美のお誕生日会のスタンディングオベレーションなんだよ?」

「突っ込みどころ多すぎるから一つだけ言うけど、スタンディングオベーションね」


 あ、言い間違えたか。恥ずかしい。はともかくとして、美野里としては折角のお祝いなのだから、お祝いする人員は多い方がより派手でより盛大で嬉しいかと思ったのだけど。立ってもないし拍手もしてないけど、そこは想像してほしい。

 美野里としては雅美に喜んでもらおうと頑張ったのに、ダメ出しばかりで面白くない。もちろん雅美の誕生日で、本人が喜ばないと意味がないとは思うけど、少しくらいその意を汲んでくれてもいいのに。


 と美野里は思いながら、ちょっと拗ねながらぬいぐるみの中から一番大きな真ん中のクマさんを取って、雅美の膝にのせて頭をなでて見せる。


「ほら、この子、くーちゃんだって、雅美のお誕生日をお祝いしたいって駆けつけてくれたんだよ? うちにお泊りの時いつもこれ抱いてたし、お気に入りだったでしょ?」

「……それはそうだけど、だからこそ、気になるのよ」

「ん? なにが?」


 むっと雅美も拗ねたようにしながら、くまのぬいぐるみをつかむとベッドに放り投げて群れにもどしてしまう。あ、と視線でおいかける美野里に、雅美はぐっと肩をよせてぶつけた。


「鈍いわね、いい加減にしてよ。恋人としての美野里と過ごすのに、くーちゃんがいたら恥ずかしいって言ってるの」

「……あっ、あー……」


 美野里はようやく理解した。観客がいたらいちゃいちゃしにくいと言われているのだ。薄暗さだってそうだ。明るいのより、キスがしやすいからだ。つまりそう言うことだ。

 じっとりとした雅美のジト目も、ちょっとだけ照れて頬が赤みを帯びたことで全然意味が変わってくる。


「……ご、ごめん。あー、えーっと。で、でもほら、こうしたら、見えない、し……」

「……」


 ベッドの上にぬいぐるみはいるので、姿勢を低くして影になればお互いに見えない。と言うその場しのぎで誤魔化そうと美野里はちょっと勢いで膝立ちになって軽く雅美の肩を押して倒した。

 雅美はちょっとおしゃれな気合を入れた服で来てくれたのに、一切の抵抗なく倒れてくれた。飾り付けついでに多めにクッションを引いているので痛くないとは言え、素直すぎて普通に押し倒してしまった。


「……」


 倒れている雅美に四つん這いで覆いかぶさり、自分でしながらとてもドキドキしてきてしまう。

 付き合って一か月。そっと触れ合わせるキスしかまだしていないけれど、お互いにその先はあるのはわかっている。今日は誕生日でお泊りだ。家族もいるから変なことはできないけど、いつもよりもう少し踏み込むのだろうと、お互い何となく察していた。


 だけどまさか、来て早々こうなるなんて。とドギマギしながらもお互い無言でただ見つめ合う時間がしばし続く。上から見る雅美も綺麗で、どんどん鼓動は早くなっていき、我慢できなくなってしまう。


「……キス、していい?」

「……いつも言ってるでしょ。聞かないでよ、馬鹿」


 問いかけに悪態をつきながら雅美は目を閉じた。そんなこと言って、会話の途中に思いついて急にキスしたら怒るし、今だって言う前に目を閉じて意志をしめしてもくれないくせに。

 我儘な女め。と思いながらも、そう言うめちゃくちゃなところも魅力的に思えてしまう。


 そっと唇をあわせる。甘い匂いがして、柔らかくて唇はプルプルしてる。ドキドキして苦しいくらいだけど、どこか心地よくてずっとしていたい。


「はぁ。ねぇ、なんか、いい匂いするね。何の匂い?」

「……うるさい。余韻がなくなるようなこと言わないで」

「えー。そんなことないでしょ。私はまだ、もっと、キスしたい気分だよ」

「……」


 ちょっと目を開けてジト目を向けてきた雅美だけど、美野里がちょっと冗談ぶってそう言うとまた素直に目を閉じた。悪態ばかりつくけど、態度はとても素直だ。そう言うところ、本当に可愛い。


 またキスをする。ちゅ、ちゅ、と何度も重ねる様に。角度を変えて強さをかえて、お互いの唇の皺のひとつひとつにまで触れ合うほどに。


「ん……」


 そしてゆっくり顔を離す。雅美はとろんとしたように目元をゆるませ真っ赤になっていて、なんだかとても色っぽくて思わず唾をのんでしまう。


「そ、そろそろ、プレゼント渡そっか」


 これ以上はなんだか妙なテンションになってしまいそうで、そうはっきりと線引きしながら起き上がって、夢中でキスをしていたので皺がよったシャツを整えた。

 雅美はゆっくりと起き上がり、髪もなでてさっと服をなおした。ゆったりした動きで身支度をしてから、じろっと何か言いたげに美野里を見てくる。


「……そうね」


 全然相槌をうつ顔ではない。ずるいなぁと美野里は思う。言いたいことがあれば言えばいいのに。顔だけで不満を伝えるのだから。

 別に、美野里だってこの先に興味はある。意識しないわけない。


 だけどまだ、お誕生日会は始まったばかりだ。このあと夕食だって家族と一緒に食べるのだし、勘弁してもらいたい。


「不満そうな顔しないでよ、プレゼントだよ? プレゼント。メインイベントと言っても過言ではないのに」

「それは過言でしょ」

「え? ……じゃあさぁ、雅美にとって、今日のメインイベントなんだと思ってるの?」

「え……ば、馬鹿。黙って」


 今のは普通に雅美のミスでしょ。だって誕生日会って普通にプレゼントがメインイベントだ。ケーキを食べるとか、そもそも集まるのが楽しいとか、お祝いの気持ちが嬉しいとか、色々あるけど、プレゼントはメインでしょ。

 なのに雅美は普通にメインではないと否定した。それはつまり? 暗黙の了解的に予定している恋人として進展的なあれこれをメインとして期待している? と思って聞いてみたら真っ赤になって肩を叩かれた。


 ひどい。会話文だけなら何も問題ないのに八つ当たりにもほどがある。まあ声音にだいぶからかいの色がでてしまったけど。


「と言うかプレゼントって学校でもくれたじゃない。まだなにかくれるの?」

「あれはハロウィンの時に余ったパイシートの再利用じゃん。あんなのはぜんぎだよ、ぜんぎ」


 学校で軽くお昼にはいプレゼント、と作ったチョコパイをあげて一緒に食べたけれど、あくまでおまけというか、学校が終わってからちゃんとお祝いすると言ってもそれまで何もなしって言うのも寂しいからあげただけだ。メインのプレゼントは当然別にある。

 とどや顔で紙袋を隠しておいたベッドの下から取り出したところで、何故か雅美はむっとしたように眉を寄せた。


「前座でしょ。前座。あなた、いつも言い間違えたとか言っているけど、言い間違えって言うのは元々覚えていて、噛んだりして間違ってることを言うのよ。あなたのは記憶から間違ってるんだから、言い間違いじゃないわ。言葉に対して適当に考えているからそうなるのよ。もっとちゃんとしなさい」

「え……、そ、そんな言う? 仮にもお誕生日祝いでプレゼントするって時に、そんなガチで注意する?」


 美野里はあまり頭がよくない。学校の勉強もテストの時だけ頑張ってと言う感じで、とっさに単語がでないとかうろおぼえとかよくある。なので言い間違いも多いのだけど、普段からほぼ流しているか冗談で突っ込んでいるくらいなのに。

 何故、そんな大真面目に、このタイミングで注意をされるのか? さすがにおかしいだろう。


「……とにかく、二度と前座を言い間違わないでちょうだい」

「はぁ。あ、もしかしてぜんぎって単語が別にあって、口に出しちゃいけないものすごい差別用語ってこと? ごめん、それは知らなかった。気を付けるよ」

「……差別用語ではないけど、くわしくは自分で調べなさいよ。机の上にあるその機械は飾りなの?」


 何故か冷たい態度のままなので、言われるままスマホをとって調べる。前戯―性交の前に、性的な興奮を高めるために手や口などで行う愛撫。なるほど。


「うーん。まあ、ほら、雰囲気作りから始まってるって言うサイトもあるし、あってるっちゃあってたよね」

「……」


 なんでよ、と怒られると思ってたのに何故か無言だし、何故か雅美は赤くなってしまっている。

 適当に言ったけれど、美野里の発言をよく考えると夜にむけてお昼から雰囲気づくりしていたと言うことで、要は夜には一線をこえます宣言みたいになっていたことに遅れて気が付いた。


「あの、そう言うあれじゃなくて、その……あー、もう」


 自分も真っ赤になって誤魔化す為に口を開いて、いい言葉が出てこなくて、そもそも気まずくなる必要なんかないし、こんなの自分らしくないなと思った美野里は頭を搔いてから雅美の膝にプレゼントを置いた。

 顔をあげた雅美と正面から顔をあわせ、手を取って真っ正直に気持ちを伝えることにした。


「めんどくさいからはっきり言うけど、その、ただキスするだけじゃなくて、もうちょい仲良くなりたいって思ってる。でも、それは今じゃなくて、夜だし、その、今から気まずいと疲れるから、普通にして」

「っ……デリカシーってものを、おばさんのお腹の中に置いてきて生まれてきたの?」

「うるさいな。嫌なら、手、放しなよ」


 雅美は耳まで真っ赤になって俯いて、言葉だけはいつも以上にツンツンしている。だけどそこに否定の気配はない。

 ちょっとだけ間をあけて、握ってる雅美の手はかすかに震えながら動き出す。雅美の手の甲にのせるように握っていた形から、ゆっくり雅美の手はひるがえって、ぎゅっと握り返した。


「……というか、あなた、その顔でこの部屋を出る気?」


 そしてしばしの沈黙ののち目があうと、雅美はそんな風にかすかに笑いながら言ってきた。空気が軽くなったのはいいけど、いったいどんな顔だと言うのか。

 美野里は自分の頬を撫でてみるが、よくわからない。


「え? な、何か変な顔してる? てか、そんなの、今すぐじゃないし」

「……こっち向いて」

「う、うん」


 顔をしっかり雅美に向けると、雅美は手を伸ばして自分の鞄をとり、片手で器用にウエットテッシュを取り出した。そして普通に美野里の口元を拭いた。

 首をかしげる美野里に、雅美はおかしそうに微笑みながら、拭いた後を見せつけてきた。


「ほら、こんなについてたわよ」

「あっ……」


 赤い色がついていた。雅美はいつも化粧を欠かさないけど学校では当然ナチュラルメイクだ。だけど一度家に帰った際に服装に合うようメイクを変えてくれていて、しっかりと赤い色の唇になっていた。

 もちろんそれは気付いていた。雅美は私服だとはっきりした色味の唇を好むから。だけどそれがキスでうつるとか、考えていなかった。


 雅美の唇を見ると、そこは色がかすんでいて、間違いなく美野里の唇でぬぐったのだと思うとまた体が熱くなってしまった。


「えっと、ごめん、はげちゃったね」

「別に、私はわかってたから出る前に直すけど。でも、美野里は私を見ても気づかなかったわね。鈍感」

「……どーせ鈍感ですよ。いいでしょ。雅美が気がつくんだから」


 拗ねて見せる美野里に、雅美は笑いながら自分の口紅をぬぐった。


「これで大丈夫よ」


 その遠回しでわかりにくいアプローチに、美野里はそっと顔を寄せた。

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