第15話 振り回されるのも悪くない

「いやそうじゃなくて、もうガチかも」


 そう美野里は軽く言った。一瞬軽すぎて意味が分からなかったけど、両思いと言うことだ。

 ついに美野里と両思いになった。雅美にとってはまさに、悲願としか言いようのない思いだ。だけど、あまりにあっさりすぎないだろうか。

 今まであんなに、雅美なりにだけど美野里に好きになってもらおうと、その気になってもらおうと頑張ってきたのに。


 そりゃあ勇気を出しはしたけれど、恋人になってからまだこれという手をくりだせてはいないのに、それより先に美野里からしてくれて、美野里はほとんど勝手に雅美を好きになってくれた。

 恋人になるだけで、そんな簡単に好きになってくれるとわかっていたなら、もっと早くそうしていたのに。


 しかもガチ恋だと申告した割に、手を握ってきたりと余裕がありすぎる。雅美がどれだけいっぱいいっぱいで頑張ってきたと思っているのだ。

 なんだかちょっと悔しいような気持ちになる。ガチ恋なんて言ったって、結局雅美ばかりがその思いの重さに身動きがとれないほどで、美野里は軽やかに幼馴染の関係をこえてしまえる程度の重さなのだ。


 しかも当然、雅美も美野里を好きになると思われているのも悔しい。今まで何も気づいてなくて、今もすでにずっと前から好きなのだとわかってないくせに、そんなもんじゃない? と簡単に雅美が自分に惚れると確信するのだ。

 悔しい。だけど、そんな美野里が、好きでたまらない。


 どうしたって、好きになるのだ。わかっていた。どんな美野里も好きだ。だけど一番好きなのは、こうやって当たり前みたいに雅美の前にいて、優しく引っ張ってくれる美野里が好きなのだ。

 今だってそうだ。勝手に怒ってるのに、テンパりすぎて頭突きをしても、優しくゆっくりすればいいなんて言ってくれる。

 だから雅美も、勇気が出せる。


「あのね……答えは、今よ」

「え……」


 これが答えだ。キスなんて特別なこと、ほんとに大事な相手と、ほんとにいいって気分の時しかできないに決まってる。だから、つまりそう言うことなのだ。

 だと言うのにガチ恋しても相変わらず鈍すぎる美野里は、どこが? とか本気で何にも気づかないから、イラッとしてつい膝を叩いてしまった。


 だって、今のだって、凄く勇気を出したし、ちゃんと条件を満たしてるって説明もしたのに、どこがって、どこがはない。ちゃんと頭がまわっているのか。脳みそじゃなくて藁でも詰まっているのか。

 わかってる。今までが伝わらなかったのだ。なら今まで以上にかみ砕いて、馬鹿でもわかるくらいにしなきゃいけないのだ。

 だけどどうしても、直球で言うのがはずかしくて、ずっと誤魔化したりしてきたから、その分普通より雅美の恋心は恥ずかしがり屋になっていて、全然素直にでてくれないのだ。


「あー……ごめん。確かに今、いい雰囲気だったよね。ほんとごめん。好きだよ。大好きだから、キスしていい?」


 それでも、美野里はまたこうして優しくして、リードしてくれる。雅美の思いをできるだけ汲もうとしてくれる。

 そう言うところが、好きすぎる。だからとってつけたような告白でも、胸がドキドキして雰囲気なんて全部どうでも良くなってしまう。


「ん」


 喉から零れ落ちるような相槌に、美野里はキスをした。


 そうして正真正銘恋人になれた。嬉しくて、胸がぽわぽわして、まるで夢でも見ているみたいだ。それでも目の前に、すぐ傍に美野里がいてくれる。

 昨日までともう違う、優しいけど熱を感じる目を向けてくれる。もう疑う余地もない。ちゃんと、同じように恋心を持ってくれていると。


「……ふふっ」


 と思わず笑ってしまった。幸せすぎて。だけどそのまま素直に言えるはずもなくて、また美野里をからかってしまった。でもほんとのことだ。

 美野里が我慢できないと言うほどに雅美にキスをするから、気持ちよくて、ドキドキして、同じように美野里も雅美にドキドキしてるのだと思うと嬉しくって、笑顔になってしまうのだ。


 美野里はちょっと顔をしかめて、いつから好きだったのか、とさらっと尋ねてくるけどそれは当然スルーする。当然だ。

 どうしてこの数日で好きになってしまった美野里に対して、自分でもわからないくらい最初から好きだったなんて言えるのだ。そんなの絶対、内緒だ。

 少なくとも美野里が雅美と同じくらい重くなってくれないと、言えるわけない。


「雅美さ、ずるくない? 私にだけ好きって言わせて、しかもキレてたくせに、今急にクールぶるし」


 だけどついにそう言われてしまった。ずるいか、ずるくないかで言われると……全然気づいてくれなかった美野里が悪いって言いたいけど、まあ確かに、直接言葉にして行動してくれたのは美野里ばかりだ。


「……ちょっとはその、取り乱したこと、反省してはいるわよ? でも……い、いいじゃないもう、そのことは。終わったことよ」


 それでも、言えない。だって、重すぎるって笑われるか、もしかして引かれるかも知れない。だからって適当に昨日からとかも言いたくない。この思いを、たった数日の物になんかしたくない。

 だけど、もう過去の事なのは間違いない。いつから好きだったかはもう重要ではない。これからだ。

 これから、ちゃんと恋人として一緒に過ごしていって、お互いに思いをすり合わせていけばいい。今度こそ、これから二人の思いは対等になったのだ。


「雅美」

「えっ?」


 そう、恋人になれた余韻につかっている雅美をふいに美野里が呼んだ。ちょっとぼんやりしてすぐに反応できなかった雅美に、襲うように横から転がされ、気が付いたら見下ろされていた。


「……え?」


 何、ちょっと、わからない。さっき、思いを確かめ合って、触れる様に唇をあわせたばかりだ。なのに今、押し倒されている?

 展開に脳がついていかない。


「よくないよ。そこはさすがに、はっきりしてもらおうか」

「な、なによ」

「終わってないでしょ。まだ、私が雅美に告白してキスしただけだ」


 終わってない、終わってないとは? デートはまだ終わってないと言うこと? え? それはつまり、キスで終わりではないと言うこと?


「な、なにを言ってるのよ、そんな、さすがに」


 いつかは、キス以上もあると思っていた。というかそれもしたいから、恋人になる時にちゃんと予防線を張っておいた。仮に本当の恋人になれなくても、今だけの恋人でもちゃんとなれるならなりたかったから。

 でもそうではないし、仮にそうだとして、展開が早すぎる。まだ付き合って四日目だ。キスだって早いくらいなのに。


 なのに美野里はぐいぐい顔をよせてきて、今すぐにでも、またキスをしそうな距離だ。


「さすがにって、雅美さっきから自分に都合のいいこと言いすぎでしょ。私のこと好きなんでしょ?」

「……そ、そんなこと」

「好きなら好きって言う。当たり前のことでしょ? ちゃんと言って、言ったら、してあげるから」

「!?」


 ど、どうかしている!! 美野里だって恋愛初心者で、むしろついさっき恋心に気付いた初心者どころか生まれたてなのに、いきなりそんな押しの強さで、無敵すぎる!


「そ、そんな……ずるいわ」


 確かに好きって言わなかったけど、だからってこんな、雅美からしたいって言わせるなんて。別に、全然、してほしいとか思ってない。さすがに早すぎるし。

 でも、他ならぬ美野里がそれを望むなら、雅美はそれを拒むことはできない。


「ずるいって、そっちでしょ。言ってよ。私も、雅美の口から聞きたいんだよ」

「っ……す……す、好き」


 つっかえていた言葉、それが出た瞬間、まるで栓がぬけたみたいに雅美の胸の中から思いが言葉になってあふれた。


「好き。美野里が好き。すごく、好き。美野里が、大好きなの」


 恥ずかしくってたまらないのに、ずっと言えなかったこの言葉を、思いを込めて伝えるのはどこか清々しい気持ちよさすらあった。もう、拒まれる心配をしなくていいのだ。拒否されるかもと相手の反応をうかがわなくてもいい。

 そう思うと、もっともっと思いを伝えたいと思った。


「! 私も、大好きだよ。雅美」


 だけど全部が出ていく前に、美野里がぱっとまるで花が咲いたように微笑んで、嬉しそうに、とろけるような声でそう囁いて、そっと顔を近づけた。

 目を閉じると当たり前みたいに、もう慣れたみたいにあっさりとキスがされる。


 雅美はまだ全然なれていなくて、キスを受け入れるのに目を閉じただけでドキドキがとまらなくて、その心臓の強すぎる振動で死んじゃいそうだ。

 だけど、それだけじゃなくて、このあともっと強くつながるんだ。美野里と恋人になる前から毎日、美野里に見られたって大丈夫な衣類しか身につけていない。だけどまさか、今日、着替え以外で見せる日が来るなんて朝は想像もしてなかった。


「み、美野里……」

「ん。可愛いよ」


 ちゅ、ちゅっとまた何度もキスをされる。優しく、正面から、そして少し角度をかえて、まるで唇を味わうように、全体を可愛がるようなキス。

 脳までとろけるようなキスに、まだ何も始まっていないはずなのに、全身蕩けてしまいそうなほど気持ちいい。


「雅美、気持ちいい? ふふ、可愛いよ」

「っ、馬鹿」


 まだ、これからなのだ。そう意識してしまって、つい強がるように罵倒をしてしまう。だけどそんな雅美に呆れるでも怒るでもなく、優しく微笑んでくれる。


「全く、素直じゃないんだから。そう言うところも可愛いけど」

「……」


 可愛い。美野里になら何回言われても嬉しいけど、今までと違って恋人として可愛いと言われている。キスをして、その反応を可愛いと言われている。そう思うと体がむずむずしてたまらない。

 美野里は微笑んで起き上がり、雅美の手を引いて上体を起こした。床だと堅いから、ベッドにあがるということなのだろうか? とちらっと雅美が美野里のベッドに目をやると、先に美野里が照れくさそうに口を開いた。


「さて、じゃあ、もう暗いし、そろそろ帰る?」

「えっ!?」

「え?」


 ……勘違いだった。誰も、そう言うことをするとは言ってない。好きだと素直に言えば、さっきまでしていて気持ちよかったキスをもう一回すると言う話だったのだ。雅美からキスを促したのだから、その方が話の筋も通っている。

 だけど、いや、勘違い、しちゃうでしょうが! あんな風に意味ありげに押し倒して顔を近づけてきて、キスのことだって? わかるわけない!


 雅美は結果的に自分だけ求めてしまったような形に、恥ずかしくてたまらなくてそのまま床に転がって何とか美野里から隠れながら顔のほてりが失くなるように努める。


「あれ? どうしたの雅美?」

「う、うるさいっ。ちょっと、休憩よ!」

「え、はあ。まあ、いいけど」


 ようやく付き合えて、お互い本当に両思いになれた。思いの重さの差はあれど、これでようやく対等な関係。

 そう思ったけれど、甘かったようだ。恋人になってからもまだまだ、これからもこの幼馴染に振り回される日々が続きそうだ。





 おしまい。

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