第12話 ガチ恋の自覚
お昼休みはなんだかちょっと気まずかったけれど、美野里と雅美の関係はそれでぎくしゃくしてしまうようなものではない。授業を挟んで気持ちを切り替えればすっかりいつも通りだ。
「帰ろっか」
「ええ」
「帰り道もデートなの?」
「当然でしょう」
「手はどうする?」
「出てからにしましょう」
「了解」
朝の組んでいたような手は学校につく少し前、学生が増えてきたあたりで離したし、クラスメイトとかに見られたら恥ずかしいのは美野里だけではないようだ。
ちゃんとした恋人でも恥ずかしいし、それに雅美との関係に満足しているけど、元々青春用の恋人なのだし、ちょっと他に相手がいないから幼馴染と付き合うみたいでからかわれそうだし、余計にあまり知られたくない。
授業が終わってすぐに小声で意思疎通し、いつも通りのノリでまずは学校から出ることにした。クラスメイト達とも挨拶を交わしながら学校を出る。基本いつも二人行動なのでそれを不審がられることはない。
「そろそろいっかな?」
「ん」
手を繋ぐ。朝みたいにしてくることはなくて、ちょっとほっとした。結局離れるまでドキドキさせられてしまったし。
でも、いつかは雅美と朝よりもっとくっつくんだな。なんて、急に意識してしまった。手を繋いでいるだけなのに、それはもうすでに恋人状態でもずっとしていたのに、触れていると言うだけでなんだかドキドキしてきてしまう。
「ごめん、私、手汗かいてない?」
「え? 別に大丈夫よ」
「そっか。あー、この後どうする? 私の家よってく?」
「そうね。折角だし、そうさせてもらうわ」
高校に上がってからは平日は道順の関係上、圧倒的に美野里の家に寄ることが多い。なのでさらっと誘ったが、恋人が部屋に来るのか、とちょっとさらにドキドキしてしまって、悪手だったかもしれない。と思いながら冷静になるよう心掛けた。
そんな感じでなんとか帰宅した。
部屋着に着替えている間に雅美が勝手知ったるとお茶を冷蔵庫からとってきた。お互い小学生から行き来しまくっているので、親にも当然親戚感覚だし、半自宅感覚である。
「ありがとー」
「どういたしまして。と、言うか、普通にお茶を持ってきてしまったわ」
「ん? それがどうかした?」
「いえ、だって、恋人の家に初めて来たのにお茶を用意するなんて、ねぇ?」
とりあえずつけたテレビの前、ベッド横のクッションに座っている美野里の隣にいつも通り座りながら、なにやら意味深な笑みでそう問いかける雅美だが、美野里にはぴんと来なくて首を傾げた。
「いや、それはさすがに、無理があるでしょ。ほんとに幼馴染から恋人になるパターンの人もいるんだから。十人十色の恋人でいいでしょ」
「いい事言うわね。そうね。私たちは私たちらしい恋人になるって言うことね」
「そうそう。なにつける? 適当に動画流しておく?」
「そうねBGMでいいでしょ。デートなのにバラエティ系つけるのはおかしいもの」
「あー、まあいいけどさ」
とりあえず言われたとおり作業用BGM的な動画を選ぶ。デートなのにと言うことなので、一応恋愛系ソングにしておく。画面は少女漫画のワンシーン的なのがうつされている。
変わらない画面を見てもつまらないので雅美を見ると、雅美は美野里を向いていてにんまりと満足げに微笑んでいる。その笑みは普通に、やっぱこいつ顔いいなーと思わせるものだけど、それだけで惑わされる美野里ではない。
「つけたけど、でもふつーにテレビ見ていつも通りでも、恋人ならデートだしいいんじゃない? 毎日毎日デートだって気合入れるのもおかしいじゃん。これからずっと恋人ならなおさら」
「言わんとすることはわかるけど、それって恋人関係が長引いて自然とそうなるんじゃないかしら。付き合いたての私たちはまだまだ緊張感でいっぱいのはずよ」
「はずよって」
いやまあ、お互いわかっているのだ。雅美が言うのはわざとそう言う雰囲気に持っていくと言う話で、それは確かに恋人ごっこに相応しいかもしれない。でも美野里としてはもうだいぶ好きになってきているし、このまま自然に週末だけのごっこでもそのうちガチになるだろうし、学校があってつかれてる放課後までガチで続けるのは疲れそうだし、もっと気を抜きたい。
「さすがにわざと緊張はやりすぎだって。そんなことしなくても、雅美真面目だからもう結構私のこと好きでしょ? 私も雅美の顔好きだから、もう結構好きだし、その内ガチになっていくって」
遊びで始めた恋人ごっこだけど、二人ともノリノリと言うか、わりと真剣にやったからか、普通にお互い照れたりときめいているのはガチなのだ。美野里自身もこれは遠くないうちにガチで目覚めそう。と思っているが、だからこそ慌てる必要性を感じない。
急にときめくのも疲れるし、ゆっくりでも雅美との関係の根底にある信頼関係は崩れないのだから、慌ててガチにならなくてもいい。むしろゆっくり、関係の変わるのを楽しんでいきたいと思っていた。
だけどどうやら雅美はそう思っていないようで、唇を尖らせて拗ねたような顔をしている。
「なによ、その投げやりな態度。……私の顔、そんなに好きなの?」
「好き好き。ていうか雅美の顔好きじゃない人とかいる? 3000年に一人の美少女じゃん」
「縄文時代じゃない。そんなこと言って、今までずっと一緒にいるだけでは、好きにならなかったくせに」
拗ねた顔も可愛いけど、わりと暴君なことを言ってくれる。今までは単なる幼馴染だったのだから、美野里が雅美のことを好きになっても困るではないか。
「えー、そりゃあ幼馴染だし……そう言う関係じゃないって思ってたから?」
「誰に聞いてるのよ」
だけど言われてみれば、ここ数日で恋人らしい顔をされて素直にときめているけど、その前から顔のよさに見とれてしまったりドキッとすることはあった。だけどそれはあくまでその瞬間だけの話で、基本的には普通に幼馴染百パーセントで過ごしてきた。
こうも顔のいい女相手に一切そう言った感情がなかったのは、我ながらちょっとすごいのか? と美野里は思ったが、すぐにその考えを否定する。
いや、そうではない。顔の良さそのものは重要ではない。雅美が雅美でいるから、大事だし好きなのだ。恋愛感情よりずっと強い気持ちと言うか、もうすでに愛してるから、別に恋愛感情を認識したことなかったと言うか。
……いや、愛してるって。ハズ。大げさすぎるだろう。もちろん感情として間違っていないけど、もうちょいマイルドな呼び名が欲しい。美野里は少し考えて、はっと思いつく。
「雅美は私にとって最推しだから、恋愛的にも好きになろうと意識したらすぐできるってこと」
「推しって。そう言われて嬉しい恋人いないわよ」
「えー、ダメ? めっちゃいいの思いついたと思ったのに」
「だってそれ、一番なだけで二番目三番目の複数人の推しがいる前提でしょ。恋人は一番じゃなくて、唯一無二じゃなきゃ駄目よ」
「あー、なるほど。そう言われたらそうかも」
駄目だしされて、ケチをつけるなぁと思ったが、言われてみればその通りだ。ときめいているのは事実だけど、そもそも特定の誰かに恋をした。というイベントが一切なかった美野里なので、そのあたりの機微はすぐ思いつかない。
同じ立場のはずだが、少女漫画を愛好しているだけあって雅美はなかなかいいことを言う。
「でもそうかぁ……私は雅美が好きだけど、それだけじゃなくて、雅美じゃないと駄目で、雅美も私じゃないといけなくて、他の人に渡したくない、いわば独占欲がないと駄目ってことか」
「ん……まあ、そうね」
自分で私の唯一無二になりたい、という実質告白みたいなことを言い出したくせに、美野里が確認するとちょっと照れたような顔でつんとそっぽを向いて頷いている。
そう言うとこ、可愛いし、ちょっときゅんとする。これはちゃんと恋愛感情でのキュンだと思うのだけど。
「独占欲ねぇ。まあ、雅美が私より仲いい子とかいたら、そりゃあ、嫌だけど……」
でも雅美に独占欲を持っているのだろうか。恋愛的に? 例えば、雅美と他の誰かが付き合うなら普通に別れて幼馴染に戻る、と思っているけど、それだと嫌だって思うのが恋愛の独占欲なのだろう。
雅美が幸せなら別に、と思ってからはっとする。
今まで具体的に考えたことがなかったけれど、二人で恋人ごっこをして雅美が恋人をつくったら何をして、どんな顔をするのか、実際に体験してきた。だからか、雅美が他に恋人を作る場合もリアルに想像してしまった。
雅美が恋人をつくるということは、美野里以外の人間と手を繋いで毎日一緒に登下校して、週末はデートして真っ赤になったり可愛い顔を見せて、ドキドキしてときめきあうんだ。
……いやー、それは、嫌かもしれない。
それが想像した美野里の正直な感想だった。でもそうなると、今まで口先だけ幼馴染っぽく言っていただけで、普通にもうガチ恋していることになってしまう。というか何なら恋人になる前から好きだった疑惑すら出てくる感ある。
「う、うーん。あのさ、雅美」
「……なによ。まさかここまでガチ恋するとか言って私をその気にさせてる癖に、私に恋愛感情なんて、もてないかも、とか、言うつもり?」
困りながら雅美に声をかけると、雅美はとても冷たい顔をして横目でにらんできて、声はどこか心細そうにそんな見当違いのことを聞いてくる。
「いやそうじゃなくて、もうガチかも」
「は?」
美野里の突然のガチ宣言に、雅美は今までにないくらい眉を寄せて口もゆがめたまま開けて、普通にすごい不機嫌な顔で振り向いた。
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