第11話 学校デートとは?
雅美がお弁当をつくってきた。手作り弁当なんて確かに恋人っぽいけど、そこまでやるとは。やる気になると本気になるところはさすがだ。
美野里も料理ができないとか苦手と言うことはないが、基本的に自分でしないし、当たり前のようにお弁当を作れるとは驚いた。
しかも普通に美味しいし、美野里の好みばっちりだ。もちろん美野里だって雅美の好みは知ってるけど、好みに合わせて作れるかと言えば話は別だ。
「あーん。ん。唐揚げも冷めても美味しいじゃん」
恋人だからって、唐揚げの追加サービスまでしてくれるとは、雅美はサービス精神が旺盛だなぁ。
「……」
「……あれ? 雅美?」
雅美の反応がない。お弁当から雅美の顔へ視線をやる。真っ赤になって口はぎゅっととじてやや震えている。まるで怒ってるような顔だけど、この間の手を繋いでいる時のことを思い出せば違うのは一目瞭然だ。
「あの、違った? ごめん。勝手に唐揚げ食べて」
自分からしようとしたならそんなに照れるはずないので、美野里が勝手に勘違いして食べて、それで不意打ちだったから照れさせてしまったのだろう。
美野里はそーっと怒らせないように低姿勢で謝ることにする。
「べ、別にいいわよ。あげようと、思っていたし」
おや? と美野里は雅美の反応に首をかしげる。食べさせてくれようとしたのは勘違いではなかったようだ。
考えてみれば朝から恋人らしく振る舞っていた雅美なのだから、手作りお弁当にあーん、なんてセットみたいなものだろう。なにもおかしくない。
しかし、だとするとそうしようとしたくせに、差し出すだけで直接口に出すこともできず、いざ美野里が食べたらあんなに照れるって…………いや、可愛すぎか?
今までだってふざけてあーんしたことはあって、その時は普通にしか見えなかったのだ。なのに今日、恋人、として行っただけで照れるなんて。ノリがいいと言うか、思い込みが激しすぎるだろう。恋人にジョブチェンジしただけで惚れるのは手軽すぎる。
とさすがに先日の幼馴染状態からの急変に呆れてしまってはいるのだ。だけど同時に、見たことのないそんな雅美の態度には、どうしたって美野里も動揺してしまう。
そして何より、もっとそんな雅美を見たいと思ってしまっている美野里がいる。きっと美野里も、雅美のことを言えないくらいにお手軽なのだろう。
「そう、じゃあ、はい。私もおかえし。あーん」
「えっ…………あーん」
差し出すとわかりやすくびっくりした雅美が、頬を赤くして美野里を上目づかいで伺いながらもゆっくりあーんした。
ほんのちょっと前なら、頬を染めることもなかったのに。美野里の行動で赤くなって意識してドキドキしてくれる。
恋人になろうと決めた時、ほんの少し関係が変わるだけだと思っていたのに。全然そんなことはなかった。だけど嫌じゃない。思っていたより、ずっとずっと、楽しい。
「ん。我ながら、美味しいわ」
髪をかき上げていつも通りに不敵に言う雅美だけど、まだ赤くて、わずかに目元がひくついている。無理にいつも通りに振る舞っているのだ。つまり、自分でも制御できないくらいドキドキしてるのだ。あの雅美が。
「雅美、可愛いね」
「は!? な、なによ、急に」
「急だけど、いいじゃん。恋人なんだし。お弁当もつくってくれて、ありがとね」
「な、何回も言わなくてもいいわよ。別に。食べましょ」
言われたとおり続きを食べる。きんぴらもちょうどいい甘辛さで、ご飯が進む。真ん中に梅干しがあるのも、普段梅干し単品で食べないのでお弁当らしさがあってグッドである。
「ん? 雅美も食べなよ」
「わ、わかってるわよ。見ないで」
がっついているわけではないけど、普通に美味しくいただいていると雅美があまり動いていない気がしてチラ見をすると、雅美は全然食べておらずお箸をもったままぼーっとしていた。
どっちが作ったのか分からないような態度で促しても、雅美は何やらもじもじしている。
「……え? ちょっと待って、もしかしてだけど、間接キス気にしてる?」
「! あ、あなたって本当に、デリカシーがないわね」
雅美は睨んできたけれど、それこそ今更過ぎる。あーんは時々だけど、飲み物の回し飲みとか、なんならお箸を忘れたからって雅美の後でお箸をかしてもらったこともある。
美野里と雅美の関係で気にするようなことではなかった。だからもう当たり前すぎて、恋人でするあーんは確かにちょっと照れくさいし雅美の反応も可愛い。とときめきはしたけれど、間接キスって。
「ちょ、ちょっと待って。やばいからその顔やめてよ。私まで意識してきちゃうじゃん」
だと言うのに、雅美がそれも気にしてるのだと思うと美野里まで急にそんな気になってしまう。
「人の顔を変な扱いしないでちょうだい。だいたい、恋人なのだから、意識して当然でしょう。あなたが鈍いのよ」
「そんなこと言われても……。それに、いつまでも意識してたらご飯食べれないし」
「わ、わかってるわよ。別に。ちょっとだけ、恋人らしさを楽しんでただけよ。こんなの別に、なんてことないわ」
そう言いながら雅美はゆっくりながらも食事を再開した。美野里は自分のお箸をみて、今更ちょっとだけ躊躇したが、すでに自分の涎でコーティングされているのが間違いないので普通に食べた。
「ふぅ。ごちそうさま」
「はい、おそまつさま」
何口か食べると気持ちも落ち着いたので普段通りでなんとか食べ終わった。お弁当箱を片づけ、お茶を飲んだところで、教室を出る前にポケットに突っ込んだものを思い出して美野里は取り出す。
「これ、お礼ってほどじゃないけど、デザート代わりに一緒に食べようよ」
先日買って鞄に入れたままだったプレッツェルのお菓子だ。久しぶりに食べたいなってその時は思ったのだ。
「あら、ありがとう。懐かしいわね」
「でしょ」
口をあけて真ん中に手で差し出しながら、一つ食べる。かりっとした食感と、中のチョコレート。シンプルながら美味しい。
美味しい、と思いながら雅美を見ると、お弁当の時の照れはすっかり引いたようだ。いつものすまし顔をみていると、なんだかちょっと悪戯心が沸いてくる。
「雅美、あーん」
「えっ」
「何驚いてんの? さっきもしたし、これなら間接キスでもいいじゃん。恋人なんだしいいでしょ。あーん」
「う、あー、あーん」
ちょっぴり抵抗されたが、強引に口元に近づけると開けてくれた。その中にいれる。半端に開いた唇におしつけると、ピンクの血色のいい唇が柔らかく受け止めて、にゅるって感じに中に入っていった。勢いで一瞬触れた唇の柔らかさに、ちょっと焦ってすぐ指をひく。
「ど、どう?」
「どうって、作った人みたいなこと言うわね。その……美味しいわよ」
「恋人のあーんつきだよ? 普通より美味しくなってるでしょ」
改めて間近で見た雅美の唇の動きは艶めかしくて、それに触れてしまったのが何だかとてもエッチに感じて、過剰にドキドキしてしまっているのを誤魔化すように、そうわざとらしくはしゃいで尋ねると、雅美は渋い顔をしている。
「そん……なの、逆だわ」
「え? そうなの?」
「そうよ。食べて見なさいよ! ほら! あーん!」
「怒らんでも。あーん」
食べる。今度は雅美の指先が触れてしまったが、触れられるの自体は気にならない。やはり雅美の唇が特別エロいからそんな気分になってしまったのだろう。魔性の唇。
味は普通に美味しい。当然だけど不味くなったことなんてない。
「もう一個頂戴。あー」
「え、あ、あーん」
よくわからないからもう一回、口を大きく開けて要求する。雅美は戸惑いながらも素直に入れてくる。なるほど。
「食べさせてもらった方が、なんか嬉しいって言うか、偉くなった気にもなるし美味しいじゃん。なんで逆なの?」
「こっ、恋人なのをもっと意識しなさいよっ。そうすればわかるわよ」
「いや意識してるし」
「はー? どこがよ?」
怒っている訳ではないようだが、不満そうに顔をしかめて言われてしまう。恋人なのは意識している。恋人だから食べさせるのに触れただけでドキッとしたし、恋人だから食べさせてもらうのもより気分がいい気がする。
「どこって言うか、さっきだって雅美が気にするから私も間接キス意識してドキドキしちゃったし。それに、その……雅美の唇に指が触れたのも、ケッコーやばかったし」
「……そ、そう」
「てか、雅美の唇、めっちゃぷるぷるしてるよね。触ってもいい?」
思った以上に素直に言ってしまって、真っ赤になった雅美を見てると自分が恥ずかしいことを言った気になって、そこに雅美も反応も余計にドキドキさせてくるので思わずそんな提案をしてしまった。
「は!? な、なんでそうなるのよ?」
「いいじゃん。キスしてって言ってんじゃないんだし、ていうかいずれするんだし、予行練習ってことで」
「軽々しく何を言ってるのよ!」
肩を寄せて言うと雅美からは思った以上に強めの声で拒絶されて膝を叩かれてしまった。最初に付き合う時、雅美だって他の誰かとで子供ができたら困る、と言っていたのだ。なら最初から青春用の相手でもそこまで想定していたのだから、キスくらいはいずれすると最初から思っていたのだけど。
「えー? 確かに青春用の恋人だけど、私はガチで好きになってってるし、雅美だって最初から、そう言う関係も見てたじゃん。なに、もしかして私との恋人関係では、そこまで考えてなかった? もしかしてちょっと私一人盛り上がってた感じ?」
「そ、そういう訳ではないけど……」
途中からはっとして、他の人だからそうだけど、他ならず美野里相手ならそこまで考えていなかったのかと、恥ずかしくなりながら意味なく右手は宙を漂わせながら確認すると、雅美も恥ずかしそうにして声は弱弱しくもそう否定してくれた。
ほっとしながら、美野里は自分から言っておいて、暗黙の了解状態だったのが美野里と雅美の関係は仮でも最後までいっちゃう恋人なのだと明言してしまって、なんだかめちゃくちゃ恥ずかしくなってしまった。
「だ、だよね……。でもその、ちょっと、私の言い方も軽かったかも。ごめんね。その……ちゃんとした時に、しようね」
「……ん」
空気を軽くしたくてそう誤魔化すよう明るい声音にしつつも謝ると、雅美も小さく頷いた。ほっとして、ちゃんとした時にするのか。と自分でまた恥ずかしくなってしまって、それから無言で二人ともお菓子を食べて、黙ったまま昼休みが終わるまでそこにいた。
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