第10話 雅美のドキドキ学校生活
雅美がドキドキしていると言うと、美野里はお互いさまだと言う。だけどそんなわけないって、雅美が一番分かっている。
その目が、熱が、温度が、全然自分とは違うのだ。だからこそ悔しいし、ずっと踏み出せなかったのだ。
だけど、もうそんな臆病な自分とはサヨナラだ。成り行きだけど恋人になり、美野里もちゃんと本気になろうと前向きに向き合ってくれているのだ。
このチャンスをものにできないなら、もうそれは一生無理だ。
「見ていなさい。あなたが私を大好きで本気になっちゃうくらい、恋人としてときめかせてあげるわ」
だから自分を奮い立たせるために、あえてそう宣言もした。心臓が震えてしまいそうだったけど、動揺している美野里を見るといつも一方的に翻弄されるばかりだった自分が、今美野里の心を動かしている。そう思うと勇気がわいてきた。
やるぞ!
と言うことで、ついに本気を出すときがきた。
学校では恋人になっても変わることがない? そんなわけがない。美野里は今まで一緒に読んできたラブコメ漫画の何を見てきたのか。脳の容量がスカスカすぎる。
恋人のいるスクールライフを渇望したのは逆に何を求めていたのか。どうせ思い付きが八割のふわふわした気持ちだったのだろうけど。
まず定番としてみんなにばれないようにしつつこっそり指先を絡めてこっそり恋人感を楽しむとか、お弁当をつくってアーンして食べさせあうとか、授業中もお手紙をまわしたり先生にばれないようアイコンタクトしたり手を繋いだり、やりたいことが多すぎる! まずやることしかない。
と言うやる気にあふれた雅美は勢いでその日のうちに美野里の親に連絡し、明日のお弁当は雅美がつくるので、用意してもらわないようお願いした。
寝る前になって、お弁当でアーンって、それはさすがにやりすぎでは? でも、でもやりたい!! とごろごろしたことを除けば何ら問題はなく、翌日予定通りお弁当を作成した。
そして時間通り家をでると、すでに美野里が家の前にいた。片手をあげている姿を見ただけで、まるで待ち合わせみたいでドキッとしてしまう。
距離が近づくまでにゆっくり歩きながら、そっと髪を整えなおす。いつも美野里の家の前で再チェックしていたので、不意打ちはずるい。
「おはよう」
と挨拶をする美野里。制服姿だっていつもどおりで、恋人になる前と何一つ変わっていない。
昨日はあんなに、ときめいてるとか言ってたくせに。一晩たてばまた幼馴染の顔をしている。これのどこがお互いさまだと言うのか。
雅美は美野里がどんな格好でも、どんな仕草でも、どんな態度でも、いつだってときめいている。美野里の隣にいて、大小の差さえあれどときめいていない時なんてない。
ときめいているポイントとか、デートをするとドキドキするとか、そう言うレベルではないのだ。
「まあいいや。行こうか」
「ええ」
ときめきすぎているから、大抵のことは何でもないふりをすることができる。恋人になったのに浮かれて、ここ二日ほどは少しボロをだしてしまっていたけど、元々嘘をつくのは得意なのだ。
当たり前みたいに手をだしてきた美野里の手を…………手を普通に握ってしまった。本当は恋人つなぎにしたかった! その方が恋人っぽいし多分美野里もときめいてくれたから!
でも、できなかった! だけどまだ! まだだ! まだこれで終わりではない!
雅美はさも、最初からそのつもりでしたと言わんばかりに自然な流れで、そのまま肘同士をからめてぎゅっと軽く抱き着いた。
これについては今までも幼馴染らしいスキンシップを装って、たまにハグ未満として自分からもしていたので違和感なくできた。
それでも手を繋ぎながらと言うのはあまりないので、これでも攻めた方なのだ。
美野里の顔を見つめて反応をうかがうと、勢いがよかったからか、それともやっぱり手を繋いでいるからか、恋人になったからか、少し動揺しているようでびっくりしている。
「えっ? な、なに? 近くない?」
そんな美野里に、いつも以上に雅美もときめいてしまいながら、自分から覚悟を決めてやったのでなんとかいつも通りの表情を取り繕えた。
雅美ばかりがときめかされてはいけない。美野里をもっとときめかせて、今度は雅美が美野里を振り回して、そして美野里から雅美に好きだと言わせて見せる。そのまま不敵に笑って見せる。
「言ったわよね? ときめかせてみせるって」
「えぇ……実力行使すぎない?」
「私は、やると言ったらやる女よ」
そう、今こそ、実行するときなのだ。
○
「あ、ごめんだけど今日お弁当ないから、食堂行かなきゃなんだ」
「その必要はないわ」
授業中にしたいこともあったけど、よく考えれば縦並びの席ではアイコンタクトなんて無理だ。手紙は簡単そうなのだけど、いざ恋人へのお手紙となると何を書いていいのかわからず、結局なにもできないまま授業は終わってしまった。いや、授業を受けてはいるけども。
そんなわけで朝から気合を入れたわりにあっさりお昼になってしまったが、まだこれからだ!
振り返って謝罪する美野里に雅美はどや顔でそう宣言し、そっと鞄からお弁当箱をだす。数は二つだ。
「……お弁当、作ってきたもの」
取り出してから恥ずかしくなってしまって、ちょっと声が小さくなってしまったけれど、表情は平静を装って言えた。美野里はきょとんと首をかしげている。
「ん? ……ん? え? 雅美が? 私の分もってこと?」
「その通りよ。恋人らしいでしょう?」
「お、おお……え、ちょっと待って。もしかして親に付き合ってること言ったの?」
喜んでくれると思ったのだけど、それ以上に眉を寄せて問い詰められた。いくら雅美が本気と言っても、そんな外堀から埋めるような卑怯な真似はしない。恥ずかしいし、失敗したら後戻りできなくなるし。
「そんな恥ずかしいこと言うわけないじゃない。ただ、私が美野里の分のお弁当をつくるから、用意しないで欲しいってお願いしただけよ」
「……それ、普通にほぼ言ってるようなもんじゃん。いやもういいけど。あー、はい。お弁当、ありがとう。さっそくいただこうかな」
「待ちなさい。折角なのだし、場所を変えましょう」
「え? うん、わかった」
さすがに教室内、知り合いばかりの目の中で堂々とあーんすることはできない。クラスメイトからは以前からほぼカップル扱いされているとは言え、急に変わった姿を見られるのは抵抗がある。もちろんなれてくれば、美野里にちょっかいを出されないようにも恋人アピールしていくことに否はないのだけど。
とにかく無事教室を脱出した二人。人目を忍んだわけではないが、グラウンド側は土ぼこりが気になるし、日差しも気になるのでなんとなく喧騒から離れた日陰の校舎裏にやってきた。
「ここでいっか」
「そうね」
柱と柱の間の基礎部分がでていて地面から少しだけ高さがあって腰かけられる部分に座り、美野里が早速お弁当を広げる様子をうかがう。
今までも料理はできたが、家族の分をまとめて母がつくってくれているのでわざわざ自分だけ作ろうとはしなかった。一緒にお菓子作りをするくらいで、手料理アピールはしてこなかった。
それは美野里も別に普通にできるからだ。少なくとも家庭科の授業は一緒の班で普通にできていた。だから料理ができますアピールは別に意味はない。
だけど恋人になったのだ。恋人と言えば、手作りのお弁当。そう相場が決まっているのだ。さすがに毎日は疲れるけれど、恋人らしい行為でときめかせるにはちょうどいいはずだけど、どうだろう。
「おっ、すごい。ちゃんとお弁当じゃん」
「どういう意味よ」
巾着袋からとりだして膝の上にひろげた美野里は感心したように笑った。悪印象ではないことにはほっとしたけど、すっごい低いハードルで評価されてようで眉をしかめてしまう。
「いや、だって。このきんぴらとかはさすがにおばさんの?」
「失礼ね。ちゃんと全部朝つくったのよ」
「え!? 朝!? きんぴらってそんな簡単にできるの!? え、てか唐揚げも!?」
「別に、そのくらい簡単よ」
「えー、すごー。雅美って料理上手だったんだ」
アピールのつもりはなかった。だけど褒められると、思っていたのの百倍嬉しくなってしまう。昨日の夜から、カットしたりお肉をつけておいたり、ちょっとしたことをしておくことで、忙しい朝でもちょっと手の込んだ料理ができるのだ。いやまあ、普通のことだけど。
自分の分も広げる。傾いて寄ってしまうこともなく、見栄えは完璧だ。
卵焼きはもちろん美野里の好きなだし巻き卵だし、お肉に唐揚げ、人参とゴボウのきんぴら、竹輪に胡瓜、ミニトマトのサラダで色合いもできるだけカラフルにしたつもりだ。
「ふふ、それより食べてみてちょうだい」
「いただきまーす。ん! 美味しいじゃん」
「! そうでしょうそうでしょう。恋人の愛妻弁当、有り難く食べるのよ」
卵焼きを一切れ食べて喜んでくれた美野里に、今度こそほっと胸をなでおろしながら、にやけてしまいそうなのを誤魔化す為大げさに胸をはる。
「愛妻? まあいいけど。何か悪いね、私何も用意してないのに」
「いいのよ私がやりたくてしたんだもの。それより……」
自分も一口食べて、うん。朝の味見以来だけど問題ない。お茶を飲んで落ち着いて、いざ、あーんをしようと提案を……
「ん? どしたの? なんか固まってるけど」
「いや、その、あー……」
あーんしたい、なんて、言えない! なんだこれ。落ち着け。改まって口に出すから恥ずかしいんだ。おやつをわけてあげる時みたいに自然に口元に持って行って、あーんだけ言えばいい。
震えそうなお箸でなんとか唐揚げをつかみ、そっと持ち上げて美野里に向ける。一言、あーんと言うだけだ。それだけで全部伝わるはずだ。
「ん? え? くれんの?」
「あ、あの」
「あーん。ん。唐揚げも冷めてもうまいじゃん」
あーん、と言う前にぱくりと美野里が食いついた。雅美が食べていた箸を美野里の唇が挟み込んだ。
「あれ? 雅美?」
一瞬で離れたし、それは当たり前のことだ。そう言うことをするために、あーんをしようとしたんだ。わかっているのに、いざ目の前でそれを見せられると、どうしようもなくドキドキしてしまう心臓を抑えられなかった。
今日から始まる学校デート、美野里を翻弄して雅美に夢中にさせる予定だけど、それ以上に自分が翻弄されてしまいそう。そんな予感しかしなかった。
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