第9話 お互いさまじゃない
雅美が美野里のどういうところにときめいているのか聞いて、例えばリードしたりするところなのか、可愛いぶるところなのかとか、そう言うのを意識していこう。
と思ってした質問で、今日は一日ずっとときめていたと怒鳴られてしまった。
「ご、ごめん。……ごめんて」
今度は確かに、自分で気づいたのにもう一回確認したのだから、ちょっと鈍かった気がしないでもないし、怒られるのもやむなしな気がしないでもないので素直に謝った。謝ったのにめっちゃジト目のままなのでもう一度謝ると、雅美は繋いでいる手を動かしてぽこぽこ美野里の太ももを叩いてさらに責めてくる。
「いや、今のは多少は悪かってけど、私だって雅美にときめいてる訳だし、言ったらお互いさまだし、むしろこれで対等でしょ? 恥ずかしいのは私もだし、そんな怒らなくてもよくない?」
「お、お互いさまじゃないから、文句を言っているのよ」
「えぇ……」
いやどう考えてもお相子なのに。雅美の方がプライドが高いからダメージが大きいのだとしたら、そこは自分で何とかしてほしい。
「まあいいや。そろそろ夕方だし、帰ろうか」
「……ん」
十分足も休んだし、恋人っぽくすれば基本ときめいてくれるらしいとわかったのも十分な収穫だ。今日のところは初デートとして十分ではないだろうか。
立ち上がって促すと雅美も素直に従った。怒っているのも照れ隠しのポーズでしかないのがわかる。
「……」
しかし、手を繋いでいるのは気持ちばかりの恋人関係アピールのように思っていた。しかし初日から雅美は何度手を繋いでもそれだけで意識してくれているらしい。
もちろん雅美が意識していると思うと、普通に美野里だって意識する。でも話したり遊んだりしているとそちらに集中して、手を繋いでいるのはどうでもよくなる。
どうでもよくなる、と言うと違うかもしれないけど。こう、別に、手を繋ぐこと自体はすごい今更だし。
「次のデートどうする?」
「え、えぇ……まあ、そんなに急いで決めなくてもいいんじゃないかしら? 別に急ぐものではないのだし」
「ん? いいけど。この三日詰め込みでデートの約束させたのは雅美じゃん」
「それはその、最初だもの。なによ、嫌だったの? どうせ何も予定なんてないじゃない」
人を暇人のように言ってくれるが、それこそお互い様だ。あまり突っ込むと自爆にもなり得るのでスルーしておく。
「まあいいけど。今週お金使っちゃったから、今月いっぱいはもうおとなしくしときたいよね。あ、ハロウィンはなんかしよっか?」
忘れていたけれど、来週はハロウィンだ。月頭からあちこちで見かけるので逆に意識から飛んでしまうのだけど、折角のイベントごとならのらなきゃ損だ。
「ハロウィンねぇ。去年はコスプレしてたけど、あれ思ったより恥ずかしかったから今年はなしでいいでしょう」
「えー、なんで? 楽しかったじゃん」
「悪くはないけど、そもそもコスプレしても家からでないのって、あんまり意味あるのかしら? お互いに見せるのはいいけど、家族に見られるのも恥ずかしいし」
恥じらうように文句を言っているけど、家族に見られるのが恥ずかしい人間がどうして外に出ようと思うのか。と言うのを置いておいても、たとえ恥ずかしくなくても外に出るわけがない。
雅美は自分の顔の良さも自覚しているわりに、時々こうして危機感が足りないのだ。美野里は呆れながら、繋いでる手を引いて肩をぶつけながら顔を寄せる。
「あのさぁ、雅美は本当に、自覚しなよ?」
「え? な、なによ?」
「雅美は可愛いんだから、あんなコスプレして外に出たら危ないでしょうが」
「えっ、そ、そういう理由ででなかったの?」
「そうだけど」
逆に何だと思っていたのか。まあさすがに街に出ると人込みえぐすぎるからちょっとねって言うのもあるけど。
雅美は思ってもみなかったのか動揺したように目線をそらして頬をかいた。
「そ、それは、あー、えっと、付き合う前から私のこと好きすぎじゃない? なに? 惚れてたの?」
「うぬぼれんな。雅美の顔がいいのは事実だし、あんな人混み行ったら危ないのも、単なる事実でしょうが」
と言いながら、去年の雅美のコスプレを思い出してみる。安いチャイナ服でスリットがはいっていて、もちろんタイツははいていたけど、まあまあセクシーなやつだった。
去年はなんとも思っていなかったけど、なんだかまた見たくなってきてしまう。
「お金ないし、とりあえず去年と同じコスプレで集まって、お菓子作りでもする?」
「それはいいけど、今度は私の家は嫌よ」
「んじゃうちで」
これでいいだろう。美野里の前回のコスプレはシスター服だ。正直に言って、チャイナ服とシスター服ってそれは何の集まり? と言う気がしなくもないのだが、当時は安く売ってるのを見てテンション上がってそれにしたのだ。単純に可愛かったし。
これで週末の予定も決まった。デートではないけど、まあ楽しく過ごせればいいだろう。ちょっと今週は恋人になっていきなりでドキドキしすぎた感もあるので、ワンクッションおくのはありだ。
「お菓子は何がいい?」
「前がパンプキンクッキーだったし、んー、無難だけど、パンプキンパイはどうかしら」
「え? パイとかつくれんの?」
「パイシートならできるんじゃないかしら」
「あ、そう言うのがあんのね。おっけー、ならそれで」
サクサク予定が決まる。この辺りはやはり幼馴染の関係が強い。
「あ、でもさ、折角だしクッキーもしない? 私あの、なんだっけ。おそまつ? 模様のしてみたいんだよね」
「市松模様ね。でもカボチャとプレーンでは面白くないわよね。何味がいいかしら」
「カボチャばっかだと面白くないじゃん。ハロウィンらしさなら……赤は? 今宵の私は血に飢えておる」
「イチゴね。まあ調べたらできるんじゃないかしら」
「突っ込めよー。冷たいなぁ」
「何言ってるのよ。お粗末な頭に突っ込まないだけ、十二分に優しくしてるつもりよ」
「いや、おそまつにも突っ込めよ」
おそまつでないことはわかっていた。ただ市松が分からなかったのは本当だけど。ボケたのに可哀想な頭扱いで突っ込まないのはガチでひどい。
美野里はむーと唇を尖らせる。今も手を繋いでいるし、本人の申告通りならドキドキしているはずなのに、幼馴染のいつもの会話そのまますぎる。
あの表情や声音でときめいていると言われなければ信じにくいくらいだ。
「ほんとに今もときめいているわけ?」
「……ほら、お互いさまじゃないじゃない」
「ん? どういうこと?」
今は表情もいつも通りだ。昨日今日と続けてのさっきの発言が百パーセント本気なら、今もときめいているはずなのに。なのでつい疑いの目を向けてしまったのだけど、雅美はジト目になりながらも怒るほどではなく、つんと前を向きながらも通常のトーンで言葉を続ける。
「別に。それより、週末まで恋人はお休み、だなんて思っているんじゃないでしょうね」
「え? 休みとは思ってないけど、学校では別に恋人だからってそんな変わることある?」
「あるわ。見ていなさい。あなたが私を大好きで本気になっちゃうくらい、恋人としてときめかせてあげるわ」
そう前を見ながら横目でふっと微笑んだ雅美の顔はあまりに艶っぽくて、可愛らしい全身の雰囲気とのギャップと相まってドキッとしてしまった。
「な、何する気?」
「ふふふ。ネタバレしちゃったら効果が減ってしまうじゃない。もちろん内緒よ」
明日が来るのが楽しみになってしまった。
○
「あれ? お母さん、お弁当は?」
「今日はないわよ」
「えっ!? そうなんだ? はぁ、わかった」
翌朝、家を出る際にいつもなら玄関に置いてくれているお弁当がなかった。突然のなし宣言に一瞬驚いたけど、両親とも共働きであるし、時にはそんな気分の時もあるのだろう。
滅多にないし、忙しくて用意できない時も前日には言ってくれていたので大げさに驚いてしまったが、あまり負担をかけるのも望むところではない。素直に受け入れる。
「学校の食堂で食べなさい。いいわね? 間違っても、通学中に寄り道してコンビニで買うんじゃないわよ」
「えぇ? いや、いいけど」「ほら、雅美ちゃんを待たせちゃ駄目よ。早く出なさい」
何故かにやにやしながら追い立てられるように家を出されてしまった。どうせ通学路だからと家まで雅美が迎えに来てくれるシステムなのでいつもはピンポンが押されるまで家にいるのに。
仕方なく家を出て、雅美の家の方を振り向くと、ちょうど角を曲がってやってくるところだった。
軽く手をあげて挨拶すると、雅美はちょっとだけ小首を傾げてから普段通りのスピードでゆっくり歩いてきた。
「おはよう、美野里。今日はどうしたの? 外で」
「おはよう。親に早く出ろって言われて。と言うか、目あったのに走るとかしないのな」
「どうしてあなたが勝手に早く出ているだけなのに、私が走らないといけないのよ」
「そりゃそうなんだけども」
いつも家に来てもらっている立場ではあるが、普通待ち合わせで目が合ったら小走りにくらいなるものではないだろうか。昨日の待ち合わせではそうしていたのに。
「まあいいや。行こうか」
「ええ」
目の前までやってきた雅美と並んで歩き出す。そうそう、忘れないうちに手を繋がないと。と思って手を出した瞬間、雅美の方から繋いできた。
今まで美野里からしていたのはもちろん、手を繋いだ状態で腕を絡めて腕を組むように、まるで上半身をぎゅっとくっつけたような状態になったのでびくっと驚いてしまう。
軽く引かれた状態で雅美を振り向くと、そこには想定以上に近くに雅美の顔があって、思わずドキッとしてしまう。寝起きでこの距離は、美貌が過ぎて眩しい。
「えっ? な、なに? 近くない?」
「言ったわよね? ときめかせてみせるって」
「えぇ……実力行使すぎない?」
「私は、やると言ったらやる女よ」
にこっと微笑まれたその破壊力に、それは知ってる。と軽口も言えず美野里はまんまとドキドキしてしまうのだった。
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