第8話 好みのタイプ

 雅美をドキドキさせるためには、まずどういうのに雅美がドキドキするのか、雅美がどういうのが恋愛対象として好きでときめくのか。そんな雅美のタイプを知る必要がある。

 無理に合わせるのは違うけれど、多少意識してときめいてくれるなら美野里としても望むところだ。


「どういうタイプって、それは……どういうタイプのことを言っているの?」

「え? いや、タイプって言ったら決まってるでしょ。恋愛対象として、どういうのにときめくかってことでしょ」

「えぇ……あの、美野里、変じゃない? そんなこと聞くとか、私の事、好きなの?」


 雅美が半笑いでからかうようにそう聞いてくるので、美野里はむっと眉を寄せて握っている手を持ち上げて自分に引き寄せ、肩をぶつけて睨み付ける。


「あのさ、雅美から私に告白してきたくせに、そう言うからかいするの性格悪すぎるでしょ?」

「そ、だ、だって、今まで美野里、そんなこと気にしたことなかったじゃない?」


 さすがに今のは自分でも悪いと思ったようで、雅美は気まずそうに目線を泳がせて俯き気味に言い訳する。肩はぶつかったまま、さらに顔を覗き込み本音をぶつける。


「恋人になったんだよ? 高校生活の仮でも、恋人のいる青春を味わうなら、本気で恋人になった方が絶対いいでしょ。私も雅美に本気になるし、雅美も私に本気にさせたい。だから聞いてるの。どういうのがタイプで、どういう私なら、本気になれそう?」


 雅美はもしかしたら、そこまでの気持ちではなかったのかもしれない。でももう美野里はそのくらいの気持ちだし、どんどん雅美にドキドキしている。だから雅美もそうしてほしい。

 もちろん、それは無理。と言うなら無理強いはできないけど、どうせ今だけだからこそ、本気になった方が絶対楽しい。それは雅美も同じ思いのはずだ。


「っ……ご、ごめんなさい。確かに、本気度が足りなかったかもしれないわ。私も……本気になるわ。許してくれるかしら?」

「もちろん! そうこなくちゃ!」


 一度は美野里の気迫に圧されたかのように視線をおとした雅美だったけれど、すぐに目を合わせ、おでこがぶつかりそうなくらいにさらに距離をつめて雅美は美野里の気持ちに応えてくれた。

 それに実際に頭突きをして頷き、美野里は笑顔になって距離を戻す。危なかった。今の真剣な顔もだいぶ、ドキッとしてしまった。まだ好みのタイプも聞いてないのに自分だけペースが早すぎる。


「で、好みのタイプ教えて」

「そ、そうねぇ……あの、まだ私、イメージが固まっていないから、美野里から先に教えてもらえないかしら?」

「うーん」


 順番くらいどうでもいいのだけど、それを伝えてしまうと美野里ばかりドキドキしていることがばれてしまうのではないだろうか? またからかわれそうな気もする。

 だが自分から聞いておいて答えないわけにもいかない。できれば先に答えさせて足並みをそろえたかったが仕方ない。


 照れくさいのを誤魔化すように、意味なく繋いでる手を揺らしながら、正面に顔をそらして美野里は口を開く。


「まあまず、そもそも雅美、顔がめっちゃいいよね。今までもだけど、近くで見るとドキッとすることあったよ。うん。でもまあ……恋人になってから、たまにしおらしい態度するじゃん? そう言うの、可愛いっていうか。その可愛い格好も似会うし、うん。結構、ちょいちょいドキドキしてるよ」


 思ったより恥ずかしくて、空いている手で毛先をいじって笑いながら雅美を見る。さて、どんな反応をしてくれるのか。とりあえず爆笑してきたら頬を引っ張って泣かそう。


「……」

「……あ、あの、雅美、さん?」


 笑っているのか、困惑しているのか、それともちょっとは喜んでいるのか。その予想のどれとも違った。雅美は真っ赤な顔で固まっていた。目を見開いて口も半開きで、全身でかすかにふるえているのでようやく起きてるとわかるくらいだ。

 なんだその反応は。何だか怖くなってそっと名前を呼ぶと、雅美ははっとしたように口元に手を当てた。よほど美野里の言葉がショックだったのか、手を繋いでいることすら忘れたように美野里の手も途中まで持ち上げている。


「あ、あなた、ねぇ。よ、よくそんなこと、言えたわねっ」

「え、なに。ハズいけど真面目に言ったのに、怒るか普通」


 美野里の言葉に照れているのか、と思ったのだけど、何故か顎を引いて上目づかいに眉を逆立てとんでもなく睨んでくる雅美の声はとげとげしい。

 真面目にお互い好きになるようにしようと話して、どういうところにドキドキするか、なんて、割と恋人としていい雰囲気と言うか、いいムードな気がしていたのに。何故怒鳴られないといけないのか。恥ずかしさを耐えて言った分、美野里も腹がたってきてしまう。


「怒って、ないわよ! 馬鹿!」

「はあ? じゃあなんで怒鳴ってんだよ。いい加減私も怒るぞ」

「とっ……ときめいてるのよ!」

「……は?」


 いや、ほんとに意味が分からない。まじまじと雅美の顔を見る。顔半分隠されていて、それでも指の隙間から見える口の端はあがっている。眉は逆立っているし力をいれすぎて眉間にしわが寄っている。だけど目の下が膨らんで、にやついているようにも見える。


「だっ、て! そんな、そんなこと、言われて、ドキドキしない訳、ないでしょうが!」

「……ど、どういうリアクションなの! 感情表現下手くそか! 演技だって得意でしょうが」


 美野里が雅美の顔にも態度にもときめいていたと伝えて、それで嬉しくてドキドキしていたんだ。と思うと雅美だって嬉しいのだけど、一度怒りかけた手前素直になれず、つい突っ込んでしまった。


「演技が得意だからこそ、素の感情が出せないのよ!」

「……はあぁ」


 言葉は決まっていないのに意味もなく怒鳴りかえしたくなって、だけどため息にして何とか間をあけた。美野里は落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 怒鳴りつけてやりたい。でもそれは、自分の中であふれた感情が行き場を求めているだけだ。雅美が怒鳴るくらいバグるほど喜んでくれたのが嬉しくて、自分もバグってしまっているだけだ。


「雅美」

「なによっ」

「私がときめいたことを、雅美が喜んでくれたなら嬉しいよ。だから怒鳴って誤魔化そうとしないで」


 胸に手をあて、忙しくなりだした心臓を抑え、まっすぐ雅美を見てそう伝える。怒鳴り合う必要がないところで険悪になる必要はない。と言うか、言っていることは普通に嬉しいことなのだから、素直に喜べばいい。


「っ、ご、誤魔化すとか。そう言うんじゃなくて、う……ご、ごめんなさい。はぁ……取り乱したわ」


 そんな急に態度を変えた美野里の言葉に、雅美は一瞬また言い返そうとしたけれど、自分が興奮状態にあることをようやく制御したようで、顔を伏せながら謝罪した。


「うん。普段クールぶって人をからかってばっかの癖に、こういう時は弱いのね。そう言うとこも、可愛いと思うよ」

「馬鹿……あー、もう」


 素直な感想を伝えると、雅美は伏せたままちょっとだけ頭を寄せてきた。よしよし、と頭を撫でてあげる。


 何だかいい雰囲気な気もするが、しかし忘れてはいけない。この会話はお互いの好みを語る場だったはずだ。今のままでは一方的に雅美にときめいたことを伝えて照れさせただけだ。

 ときめいてくれたのは嬉しいが、それは美野里が意識してると言うのに意識されただけだ。今後雅美に惚れてもらうためにはちゃんと好みのタイプを知りたい。


「あの、雅美。ところでさ、まだ雅美がどういうのがタイプが聞いてないんだけど」

「……今、無理」

「後で言えそう?」

「悪魔なの?」

「恋人だけど」

「……」


 雅美はそのまましばらく黙っていた。仕方ないのでそれに付き合ったけれど、雅美を慰めるとか珍しいことではないのに、何故かつなぎっぱなしの手が強く握られるところや、ふわっとした髪からかおる甘い匂いとか、やっぱり今までと違ってドキドキしてしまった。


 そしてやがて雅美はゆっくりと起き上がった。顔の赤みもだいぶおさまっていて、さっきの恐いほどの表情ではなくなっていて、ちょっと恥ずかしそうな感じだ。普通に可愛い。


「ごめんなさい、私、動揺しすぎて、変にあたっちゃったわね」

「そうだね。まあ、気にすんな。あとは雅美の好みのタイプだけ聞いたら帰ろっか」

「……まだ聞く気なの?」


 今度こそ普通に嫌そうな顔をされたけど、当たり前だ。一方的に恥ずかしいこと言わせられて終われるわけがない。順番では譲ったのだから、言うのは今だ。


「いや、そりゃそうでしょ。私はこのまま、雅美のこと順調に恋愛感情でも好きになっていくつもりなんだから、雅美にもそうなってもらわないと、ノリが違うじゃん?」

「…………、」

「何? はっきり言って」


 悪戯を怒られた子供みたいに目をそらして不機嫌そうに、ぼそっと何かを呟いた雅美。なにか負け犬の遠吠えだろうか? 許さないけど。と思いながら美野里はさらに強めに促す。

 雅美はふんっと鼻をならして、唇をとがらせながら渋々答える。


「何でもないわよ。私が好きなタイプは、優しくて勇気があって引っ張ってくれるタイプよ」

「はー。いや、もうちょい具体的なさぁ。例えば、手つないでるのときめいたでしょ? 今日のデートとか、他に私にときめいたポイントとかなかったの?」


 考えたら好みのタイプの答えとしては雅美の方が正しくて、美野里は聞かれてないのに雅美にときめいたポイントを言っている形になるのだけど、その方が効率がいいのだからいいだろう。そこは雅美が合わせるべき、とさらに追及する。


「な……んなの、……こ、恋人として、その、振る舞ってくれている美野里には、その、と、ときめいたりしてたわよ」

「うーん」

「ちょっと、何よその反応。そこは喜ぶところでしょうが」

「えー、だって具体的じゃないし……」


 ときめいてくれる、と言うこと自体は嬉しいけど、恋人としてなんてまた、具体的ではない。恋人となってから、初日の帰り道はともかく、忘れていつも通りになることもあるけど、基本的にはずっと一応だけど恋人なのだと意識しているつもりだ。いつもそう振る舞っていると言えば振る舞っているのに、ん? え?


「ちょっと、待って。もしかして、今日一日ずっとときめいてたってことだったりする?」

「っ、だから! そう言ってるでしょうが! この鈍感女!」


 まさかね、と思いながら確認したらその通りだったようで、めっちゃキレられてしまった。

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