第6話 デート服の基準

 で、デート服である。いつもならとりあえず解散して、それぞれ気に入るのを見繕って、となるのだけどそれではあまり意味がない。

 雅美にも言ったけど、デートは相手があってのものなので、相手の好みが重要だろう。と言う訳で順番にお互いの服を探すことにする。


「まずはー、私からでいい?」

「いいわよ。私の意見を聞いてくれるのよね。じゃあまずは、端から着ていってもらいましょうか」

「端から買うみたいに言うじゃん。まあいいけどね」


 時間はあるので、言われたとおりにすることにした。普段自分では選ばないのもこの際試したいから、その方がやりやすいし。

 上下セットであわせられそうなのを選び、どんどん次に着替えては雅美に見せていく。


「ふむふむ。似合うわよ。じゃあ次ね」


 どれにもマイナス評価はされないものの、いまいちテンションをあげた様子もなく着せられていく。さっきまでのちょっと気まずいような空気がなくなったのは助かるけれど、冷静が過ぎるのでは?


「ね、もう結構色々着たし、そろそろ絞ってもいいでしょ。どれが一番よかった?」


 あくまで方向性を探るのが第一目的なので、五セットほど着替えたところでそう雅美の判断を仰ぐ。雅美は最後に着替えた美野里のちょっと可愛いふりふりの服装を見て、大真面目に顎に手を当てながら頷いた。


「そうね……どれもよかったわ」

「何の参考にもならない。これだから美少女は」

「今美少女関係ある?」


 ある。何故なら顔がいい女は何を着ても似合うから、何を選んでもいい状況では服を選ぶ選定眼が育っていないのだろう。


「私的には、無難に今の雅美みたいなジャケットとか、ちょっとしゅっとしたフォーマル系か、それか今まで着てこなかった可愛い系かなって思うんだけど。パステルカラーとか選ばなかったけど、意外と着たらありじゃね? って思ったんだけど……ど、どう?」

「可愛いわ」

「そ、そう? んー、どしよっかな」


 真顔のまま言われたので、おべっかではないだろう。隣に雅美と言う参考にならない女がいたので、ついそっちが可愛い系で、美野里はスタイル的に似合うのもあってついシンプル系を選びがちだったのだ。

 だけど流れで着て見ると意外とありに見えたし、雅美もちゃかすところもないので、まあ選定眼ない雅美なのであんまり頼りにはならないけど、客観的にも悪くないのではないだろうか。と自画自賛してみる。


「まあ全部はあれだけど、アイテム的にこのスカートとかいいよね。これ一枚あったら手持ちと組み合わせて甘辛とかできそうだし」

「そうねいいと思うわ。上も一緒に買えば、同時に着なくてもレパートリーかなり増えるんじゃないかしら」

「だよね。よし。じゃあそんな感じにしよ」


 と言う訳で美野里の方向性はあっさり決まった。あとは問題の雅美である。

 問題と言うとあれだけど、この女は本気で何を着せても似合うのでより難しいのだ。


「じゃあとりあえず雅美も着ていってくれる?」

「そうね」


 雅美のファッションショーを見ていく。組み合わせ自体は自分で選ぶので、印象が悪いものは雅美も選んでいないはずなので、どれを美野里が選んでもきっとOKしてくれるだろう。


「こんな感じかしら。どう?」

「……うん。次」


 しかしこの女、やはり何を着させても似合う。選ぶときに持った時は、え、それ着るの? と思ったものでも普通に着こなしている。部屋着の変な文字Tシャツすら似合うし分かっていたが。

 何を基準に選ぶか、それが問題だ。何でも似合うからこそ、デート相手の美野里が選ぶ意味があるのだ。より似合う、ではなく、隣を歩きたい服装とか……? いや、それでは自分と同系統が絵面がいい、とかになってしまう。

 それはそれでいいけど、今回の趣旨とはちょっと違う。となると……。


「むむっ!?」

「じゃーん、なんて。ふふ。これはさすがにちょっと、やりすぎよね」

「いや似合う」

「さすが私ね。わかっていたわ。でもこれでデートはないわよね」


 三つめの衣装チェンジで、さっき美野里がいつもは着ないのを選んだからか、絶対選ばないふりふり少女趣味なのを選んできた。さっき美野里が選んだ甘い服よりされにふりふりレースまでついている。

 今いる店は割と幅広く色んなジャンルの服を取り扱っている。でも当たり前だけど、ある程度客層を絞るためにあまり極端なものはない。


「ちょっと店かえようか。着替えて」

「え? ええ。いいけれど。え、そんなにおかしかったかしら?」

「いやいや、似合ってたよ」


 不思議そうにされたけれど、わくわくしてきた心が抑えきれないので急かすようにして雅美を元に戻して、背を押すようにして別の店へ移動する。


「え、ここで服を選ぶの? ちょっと待って、ふざけたのは私が悪いけど、そんなに怒らなくても」

「何言ってるの? 似合ってるって言ったじゃん」

「え? ほ、本気でここで私のデート服を見るって言ってるの?」

「そうそう」


 連れてきたのは全部が甘い、ロリータ系のお店だ。ここまでのは二人とも着たことがないし、頭に一切なかったが、さきほどの可愛らしいフリル姿にピンと来たのだ。絶対これが似合う。


「えぇ……いや、さすがにないでしょ。私たち、背が低いわけでもないし」

「雅美は華奢じゃん。手足ちっさいし、ロリっぽいじゃん」


 何気に私たちとか言っているが、美野里自身のデート服はもう方向性決まっているのでロリータは着ません。入り口ですでに腰が引き気味の雅美を押して、店内に押し込みながら商品を見る。

 なるほど。ロリータと言ってもわりと色んな雰囲気がある。チェックでリボンのついたワンピースなんかはフリルだらけと言うほどでもなく、少女らしい可愛さがあるけど街中にいても違和感のないものだろう。フリルの全然なくて他の店でもありそうなのもあるし、ノーチェックだったのがもったいないくらいだ。

 これはさすがに、ドレスか? とか、これはもう寝間着では? と言うくらいフリッフリのもあるけれど。全然物によってはいける。


「そんな強引な理論ある?」

「いいから。てか身長とか関係ないでしょ。似合うんだから」

「いや、えー……」

「あ、これなんかいいじゃない。着てみてよ」

「……じゃあ、着るけど。絶対、笑ったら殺すから」

「笑わないから」


 どれだけ美野里が性格が悪いと思っているのか。そもそも人の服装で笑ったことないし、雅美と一緒にしないでほしい。

 ジト目の雅美に目についたマネキンが来ていたセットを渡して更衣室に放り込む。さすがに組み合わせを選ぶのはちょっと難しそうだけど、マネキンセットなら間違いないだろう。


「……確かに、私だし、似合ってはいる、と思うけど……」

「おっ、いいじゃんいいじゃん!」


 上は白いブラウスで、襟元にフリルのあるセーラー服っぽいデザインで、ラインも走っているのがいいアクセントだ。下は青系のグラデーション地に、不思議のアリスっぽいようなファンシーな柄で裾に黒いレースがある。全体的に少女趣味感はあるけど、普通に可愛くて全然あり。

 と言うか、雅美に似合いすぎていた。めちゃくちゃ可愛い。


「ちょっと、テンションあげないでよ……本気で言っているの? 私、何でも似合うのだから、こういう甘い系でもさっきので十分でしょう?」

「雅美、確かにどれも似合っていて可愛かったよ。似合っている度合いを比べると、そこは好みだからさ、私には単純には優劣つけられないよ。だからこそ、選ぶ基準って大事だと思わない?」

「え、なに、真顔で。じゃあ、何を基準にしたらこの服になるのよ」

「ときめき」

「え?」


 恋人に着ていてほしい、デート服の基準。頭で理屈を考えても出なかったけど、雅美の服を見てぴんときたのだ。あ、好き、と。端的に言うとときめいた。ドキッとして、可愛さに目がくらみそうだった。

 そう、つまりそう言うことだ。恋人がときめく服。それが正しいデート服の選び方なのだ。


「雅美がそう言う服着ていると、ときめいた。恋人がときめく服こそ、デート服でしょ」

「……こ、こう言う服だと、美野里は普段以上に私を魅力的で、その、恋愛的にときめくと言うこと?」


 普段以上に、とか言葉選びがいちいちナルシストではあるのが少々鼻につくが、それ以上に可愛い。まさに可愛いは正義。可愛い服を着ている雅美は可愛すぎて気にならない。


「恋愛的に、とか一々言われるとなんか照れるけど、そういうこと」


 わざわざ言葉で確認させるとこ、やっぱ性格が悪い。でもそれをおいてもこれ系統の服を着ている雅美が見たいので素直に頷いた。

 そんな美野里に雅美はひるんだように一歩引き、照れながら目をそらした。


「そ、そう。案外と、少女趣味があったのね。あなたも着てみたら?」

「んー。私もこんな趣味があったのは意外だけど、あくまで雅美が着て、だからなぁ。私がそれ着て雅美がときめくなら、まあ仕方ないけど。自分が着るのは気が進まないかな。どうなの? さっき私の試着で甘い系に特別反応してなかったけど」

「う、うーん……確かに、特別、それだけときめくかと言われたら、ちょっと、差はないけど」

「そんなに嫌なの? 別に、ドレスみたいなロリータ服着ろってわけじゃないし、このくらいなら普通にいるでしょ」


 美野里の褒め言葉自体には喜んでくれているようだが、わかりやすく気が進まなさそうにはいているスカートを裾をつまんでいる。

 そこまで嫌がるなら無理強いはできないけれど、実際似合っているし、別に街中でもちょいちょい見る程度の服装だ。これがロリータに含まれるとは知らなかったくらいなので、注目をあびるほどでもなく、露出がはげしいわけでもなく、普通にガーリーな服も着ていた雅美がそこまで嫌がるのは意外だ。


「……ほんとに、ときめいているの?」


 首をかしげる美野里に、雅美は両手でスカートの裾をいじりつつ、上目遣いに拗ねたような声音で再度尋ねてくる。正直に言うなら、普通にめちゃくちゃ可愛くて、しおらしい様子に服装だけじゃなくて雅美の全部にドキッとした。が、さすがにそこまで素直にならなくていいだろう。


「絶対嫌なら仕方ないけど、似合ってるし、ときめくよ」

「……じゃあ、これにする」

「ん? あ、もうこれ買うの?」


 元々予定では、お高めの店で方向性を決めて、安価なお店で劣化コピー的なやつを買う予定だった。安価なほうでも、高校生のお財布事情ではセットを買うと十分にお高いので仕方ない。

 最初のとは違うけれど、この店も結構本格的な規模の大きい本格的なお見せで、お値段はお高めだ。フリルなどでデザイン性高めとはいえ、シャツで5000円は高い。他のも見ればお手頃のも扱っているかもしれないが、安いお店ではないだろう。


「こういうのは少しの違いで全然雰囲気変わるし、生地感が変わるとがっかりでしょ。だからここで買うわ」

「お。おお。意外と詳しい?」

「普通のガーリーでも、フリルあるのは値段差のクオリティやっぱり違うし、そうでしょう」


 言われてみればそうか。美野里のユニセックス系の服は割と似たデザインがどこにでもあるし、多少薄手になったりしても見た目の印象はほぼ変わらないけど、デザイン性の高いものの方がクオリティに差が出るのは当然だ。

 だけどそうなると、同じような懐事情なので高いのを買わせてしまうのはちょっと申し訳ない気がしてくる。


「んー、なんかちょっと、押し付けすぎちゃった? ごめんね? でもほんとに似合うし」

「はいはい。いいわよ。私も、その、折角なら、恋人がときめいてくれる服でデートしたいもの。じゃ、待っててね」


 雅美はやや呆れたような雑な感じに相槌をうちながらも、そうぶっきらぼうながらも最後にはにかんでそう言って更衣室に入っていった。


「……」


 ……いやほんと、顔がいいなぁクソが。とめちゃくちゃときめいてしまった自分に意味なく罵倒をして、美野里は何とか雅美が着替え終わる前に赤面を収めるのだった。


 その後、美野里の服も改めて店を変えて最初の予定通りちょっと甘めの服をチョイスした。自分がちょっと強引めにおすすめしたのもあり、雅美の意見があれば従うつもりだったが、残念ながらそこは顔面の差があるのか、どれも反応は同じだったので結局自分で選ぶのだった。

 と言うか、美野里のはデート服とはいっても普通に見れる服なのに、雅美のは美野里に対してクリティカルヒットする服になってしまった。

 目的として何ら間違ってはいないが、同じように足並みそろえて恋をしていこうと言う美野里のひそかな目標的にはだいぶハンデを背負ってしまった気がしないでもない。


「じゃあ、今度こそ明日、デートね」

「時間と待ち合わせも場所も一緒でいいよね。あ、絶対早く来ないでよね」


 だけどそれでも、それ以上に明日のデートが楽しみで、わくわくしてしまう美野里なのだった。

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