第5話 初?デート?

 デートである。まあ昨日も帰り道で手を繋いだので、放課後デートっちゃそうなのだが、実質これが初デートでいいだろう。

 デートの服を買いに行く、なのでデートの前哨戦な気がしないでもないが、まあデートでいいだろう。


 と言っても着替えやすい格好と言うことなので、普通にズボンとシャツに一枚羽織るくらいだ。着替えやすさ優先でめちゃくちゃ普段着にしてしまったけど、冷静に考えても美野里には手持ちでデート服がないのだ。本当に。切実に。

 デートと言うお洒落服がない。いや別に、お洒落に興味がないわけではないのだけど、こう、ユニセックスなシンプル系やカジュアルな服ばかりで、着ているのを見られても、お、気合入れてるね、デート? と聞かれることがない服しかなかったのだ。


 人にデートとわかってもらう必要はないし、フォーマルだったり気合入ってないといけないわけではないし、日常的にデートするなら普段着だって全然いいのだけど。でも折角の人生初恋人なのだし、一回くらいちゃんとデートらしくしたい。

 そのために今日の買い物デートなので、今日はいい加減でも仕方ないのだけど、やっぱりこれはデートの名前を冠したくない。


 なんとか次回からを本チャンのデートと言うことにしてもらおう。と思いながらも待ち合わせ場所に向かう。


「お」


 駅前に到着すると、待ち合わせ場所にすでに待っている雅美が見えた。普段から真面目なタイプとは言え、五分前にすでにいるとは。負けた。と思いながら足早に駆け寄る。


「お待たせ―」

「あら、おはよう。早かったわね」


 スマホを見ていた雅美は顔をあげて爽やかに微笑んだ。いつも通り外面がいい。と思いながら待たせたことを軽く手をふって謝罪する。


「おはよう。てか雅美が早すぎでしょ。何分前から待ってたの?」

「別に、私も来たばかりよ」

「うっわ。めっちゃデートっぽいこと言うじゃん。で、ほんとは?」


 髪をかきながらデートのテンプレみたいなことを言われてテンションをあげながら、再度尋ねる。今度はちょっと真顔で。その言い方に雅美はちょっと拗ねたように唇を尖らせた。


「なによ。別に、確かに道で会ったら気まずいって思ったから、ほんの少し、五分ほど早く来ただけよ」

「もう、ダメでしょ。雅美は顔がいいんだから、遅刻はあれだけど、一人でいたら危ないじゃん。誰か声かけてきたりしなかった?」

「ないわよ。ほんの五分なんだから。心配しすぎよ」


 これが普通の女子高生なら確かに心配しすぎだろう。子供じゃないんだから同い年なのに保護者面するな。そんな風に言われても仕方ない。だが雅美は普通ではないのだ。顔が良すぎておかしな人に絡まれたりするのが日常的と言ってもいいほどなのだ。

 まったく、最近被害も減ってきたからって油断しすぎではないだろうか。美野里は呆れつつ、次からデートはもっと早めに来ることを心に決める。

 そもそも普段は時間ぎりぎりでいいタイプなのに、今日五分前に来たのだって雅美を待たせない為だったのだ。なのにもっと早く来るなんて、人の気持ちがわからない美少女だ。


「てか、今日の格好珍しいね。襟付きのジャケットとか持ってたんだ」

「ええ、まあ。着替えやすいのは前提だけど、一応今日もデートなのだし、ね?」

「あ、それだけど……えーっと、今日はデートじゃなく、服を選ぶだけにしない?」


 はにかみ気味の可愛らしい笑みで言われたので、慌ててそう提案してみる。だけど提案してから、いやどれだけ初デートにこだわろうとしているのか。乙女か、と自分で恥ずかしくなってきてしまう。


「は? なんでよ」


 が、そんな繊細な美野里の気持ちを一切察することなく、不機嫌そうにむっとして理由を聞かれてしまう。逆にどれだけ今回を初デートにしたいのだ。

 やっぱりなし、と言いたくなるけど、一度言い出したことを撤回したくないし、やっぱり初デートはちゃんとしたやつがいい。なので仕方なく、目をそらしながらも説明することにする。


「いやだってさぁ。私めっちゃ普段着だし。その、慣れたらもちろん普段着でデートするのもいいけど、やっぱ最初の初デートは、ちゃんとしたくない?」

「……なるほど。可!」

「え、何、か? あ、可? 許可とかの可? わかりにくっ」

「そういうことなら、じゃあデートはまた明日と言うことでいいわよ」

「あ、うん。じゃあそれで」


 恥ずかしがりながらもちゃんと説明したのに、意味不明なテンションで許可された。どういうテンションで言っているのだ。OKなのでいいけど。


「じゃ、そろそろいこっか。手」

「あ、ええ、そうね」


 話も決まったし、いつまでもここにいても仕方ない。手を出しながら雅美を促し、しっかり手を握って歩き出す。

 まずはお値段のするお店からだ。そこで方向性を決めてしまおう。


「雅美の好みはどんな感じ?」

「えっ、こ、好み? 急にそんな質問をするなんて、どうしたのよ?」

「え? そんな驚く? デート服ってまあ、相手あってのものだし、デート相手の好み聞くのは普通じゃない?」

「あ、あぁ、そうね。そうね……実際に見ながら決めましょう」

「仰々しく普通の事言ったね」

「うるさいわね」


 普段着よりはフォーマル感を目指すと言っても、いくら何でもドレスコードレベルだと逆に頭おかしいし、可愛い系かカッコいい系でも全然違うので先に聞いておこうと思っただけなのだけど、やたら驚かれたし、大真面目な顔で後回しにされてしまった。何一つ参考にならない。


 仕方ないので真っすぐ店を目指すか、と前を見てふと思い出す。何気なく昨日の続きで手を繋いだけど、雅美はこれにもときめいてくれていたな、と。

 雅美の手をにぎにぎして味わってみる。すべすべでちょっとひんやりした雅美の手だけど、握ってると温かくなってくる。雅美は身長は美野里より少し低いくらいなのに、手は結構小さい。指の長さは同じくらいだけど手の平が少し小さいのだ。そのちょっとアンバランスさを実感して、何だかちょっと可愛らしい。

 そう言えば今日のはデートではない、となったのに普通に繋いでしまった。恋人同士で二人で出かけて手まで繋いだらデートになってしまう気もする。


「雅……」


 雅美、ごめん、デートじゃなかったし手ぇ離そっか。と普通に言おうと雅美の顔を見て、言葉が止まる。

 前を見ている雅美は美野里が振り向いたのも気が付いていないようで、見たことない顔をしていた。

 口元はひきつらせ、目元がやや赤く、眉尻を下げてちょっと困ったようにすら見える。だけど長い付き合いだ。ただ困っているのではないのはわかる。そうだ。これは……え? 手を握っているから、意識して、ときめいてこの顔なのか?


「っ」


 それに気が付いて、急激に体温が上がってくるのを自覚する。          

 いやだって、こ、こいつの顔がよすぎるから悪い! と誰にしているのか分からない言い訳を内心でしながら、反射的にぎゅっと強く雅美の手を握ってしまう。


「、もう、さっきから、何よ?」

「あ、いや。あー……」


 その衝撃で美野里が見ていることにも気づいたようで、わかりやすくむっとしたように顔をしかめ、ちょっと赤らんでいるのもまるで怒っているみたいにして問い詰めてくる。

 だけど今更そんな顔したって、油断している顔を見られて照れているのがわからないわけがない。


 むしろそんな風に誤魔化すと言うことは、本気で普通にときめいてあんな気の抜けた顔をしていたと言うことで、余計に可愛く感じてしまう。

 でもそれをそのまま言うのは、今までずっと幼馴染だったからこそ気恥ずかしいし、なんでもないよって言いたくなる。


「……その、あー、なんだ。恋人と手ぇ繋いでるなって思っただけ」


 でもそれはちょっと違うなって思った。昨日だって雅美はちゃんと、ときめいてたって自己申告してくれた。この恋人ごっこは嘘から始まっているのだ。だからこそ、本当に楽しむためには嘘をつくべきではない。


「ふ、ふーん? そう、美野里、私と手を繋いでドキドキしてるのね?」


 そう思ったのに雅美と来たら、急ににやついてからかおうとしてくる。手を握り返してひっぱって、肩をぶつけて顔を覗き込んでくる。


「ほーら、恋人と歩いているのよ、楽しい?」

「お前ほんと、性格どうにかしろ。雅美だってドキドキしてたでしょうが。こっちはさっきの変顔見てるんだからね」

「……へ、変な顔なんてしてないわ。見間違いでしょう」


 あんまりな態度にそっとしてあげようと思っていたのに普通に口に出してしまった。かっと顔を赤くしながら雅美は距離を戻し、空いている手で髪をいじりながらお粗末なごまかしを口にする。

 ここでドキドキしていることを認めるならまだしも、誤魔化すとは。誠意がない。と言うことでさらに詰めてやることにする。


「この距離でなにをどう見間違うんだよ。いやー、写真に撮ってあげたいくらいの見事な変顔だったなぁ」

「ど、どの距離で見たって、どんな顔でも私は可愛い顔をしてるわ。そうでしょう?」

「……」


 そこで当然の様にどや顔をしたなら、昨日までのテンションで美野里も「調子に乗るなよこの美少女が」と罵倒できただろう。だけどいつも通りの言い方のくせに、雅美は真っ赤なまま目を泳がせ頬をかいて気まずそうな、強がり丸出しな顔で言うから。

 だから美野里は罵倒がでなくて、ぐっと今度は美野里の方が手を引いて雅美を引き寄せた。ちょっと驚いたような雅美の顔がアップになり、自分でやって少しおかしくなりながら、にっと笑って見せる。


「確かに、よく見たらそうだったかもね」

「っ、き、気が付くのが遅いわよ。こ、恋人なら、いつもそう思うくらいの心積もりでいなさいよね」

「はー。ちなみにもちろん、雅美もそう言う心積もりで私のこと見てるんだよね?」


 別に恋人になる前からいつも美少女とは思っているし、それはそれとして変顔と両立できるのだけど。それはそれとして、恋人だからいつでも可愛いと思えと言うなら、つまり雅美もそう見るべきだ。

 これに意地っ張りの雅美はどう答えるのか。


「……当然、でしょ」

「じゃあどう見えてるのか言ってよ。聞きたいなぁ。恋人にどう見られているか知りたいなぁ」


 にやにやする美野里に、雅美は唇を尖らせ一瞬目をそらしてから睨みつけてきながら口を開く。


「恋人の美野里のこと、いつでも大好きって思って見てるわよ。これで満足?」

「お……おお。うん、まあ、はい。満足、かな」


 思っていたのとは全然違うし、別にお互い相手のこと好きって思ってるのは当たり前だし、今更照れるような言葉ではないはずなのだけど、照れながら言われたので本気みたいに聞こえてしまって美野里も想像以上に照れてしまった。

 こうして結局、デートじゃないし手を離そうと思っていたのに、手も離さないし思っていた以上にデートみたいな雰囲気で服屋まで黙ることになってしまった。


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